その26 第6章 完

      ウォルトン・サイモンズ


スペクターは絨毯の敷かれた床に腰かけ、テレビの
ボリュームも絞っていた。
嗅ぎまわっている連中にも1019号室には誰も
いないと思わせる必要があるからだ。
新任投票の間を見計らってカシューナッツのカンと
ウィスキーも下の階で買い込んである。
ハートマンがとっとと敗北を認めてくれたらと願わなくも
ないが、
なんせ大統領候補と目される男だけに、護衛の人間が貼り
ついていて、へたに手はだすのは得策といえまい。
そうして聞き入っていりと、
代議員達の間から「ハートマンは、ハートマンはどうなんだ?」
と囁き交わす声が漏れ聞こえてきている。
ジェシー・ジャクソンが何らかの理由があって、出馬をとりやめた
とあって、
解説者たちもその理由について推測しあっているようながら、
彼らに共通の見解は、
次にハートマンの得票は伸びるに違いない、というものだった。
州ごとに多少のばらつきはあるにせよだ。
風船に紙吹雪舞い踊る画面に退屈なコメントの数々にうんざりしつつも、
ゴールデンボーイの野郎がまだ生きているなら、
より用心深くなる必要があるというものだろう。
ブローンならばIDの写真のみならず、カメラに一瞬映ったにしたところで、
それがスペクターであることは難なく喝破してしまうに違いないのだ。
スペクターは嘆かずにはいられなかった。
あそこで殺せていれば、死んだままでいてくれたならこんな心配はなかった
に違いないからだ。
明日はハートマンに近づく方法を集中して探さねばなるまい。
とはいえ今のところは何一つ思いついてはいないとはいえ、
上院議員アトランタから離れないだろうことは間違いないわけで、となると
スペクターとてここを離れるわけにはいかない、ということか。
流石に死ぬよりひどいことなど起きようがない、そう言って自分を慰めるのにも
飽きてきた。
そんなことは言い聞かせるまでもなく自明の理でしかないからだ。
誰かの力が借りられないものか。
そいつは強大な力を備えて、どんな困難もものともしないそんな人間でなければいけない
わけだが、
スペクターは一人だけそういう人間に心当たりがないわけではないにしても、そいつの
助けを借りるというのはかなり大きなリスクを負わねばならないことになるだろう。
しかし他に手はあるか……
そう考えを巡らせながらも、
テレビの電源を切って、もはや空になったボトルをくしゃくしゃに丸めて、ともあれ
今は眠るしかあるまい、と思い定めていたのだった……