その22

       ウォルトン・サイモンズ



向かっているのは、いわばアトランタのジョーカータウンと
いった場所らしい・・・
もちろんジョーカータウンというのはニューヨークにある
場所の固有の名なのだが・・・
他の主要な都市にもそういった奇形たちのふきだまった
ゲットーというべき場所があるのだろう・・・
建物は崩れて、焼け焦げたようになってたままで・・・
路上には部品をとられて動かなくなった車が転がっていて・・・
壁には<奇形どもを殺せ><怪物をつぶせ>といった剣呑な
文字がスプレーでふき付けられている・・・
明らかに彼らが書いたものではあるまいが・・・
頭のおかしいナットのツーリストがジョーカーたちに蹴りを
いれながら暇をもてあましてしでかした代物だろうか?
そんなことを考え・・・
鈍い音に振り返ると・・・
ピンクと白で彩られた57年型シボレーが後ろから迫っていて・・・
マフラーを短くしてあるようで、それで妙な音を立てている
ようだった・・・
中にはさぞかしとんがったチンピラが乗っているに違いない・・・
そんなことを考えていると・・・
「心配はないよ」その気持ちを察してかトニーが立ち止まってそんな声を
かけてきた・・・
「誰に言っているんだ?」
そう応えたのはもちろん虚勢をはったわけではない・・・、実際スペクターは
はいままでそうしたチンピラを数え切れないくらい始末してきたのだ・・・
「こっちだ」トニーはそういって車の残骸の間を横切って行って・・・
早足でコンクリートの間に埋まったような階段を上っていき・・・
灯りの漏れている扉の前に立って・・・
呼び鈴を鳴らししばらく待っていると・・・
さっきのシボレーがゆっくりと角を曲がっていって姿が見えなくなったところで・・・
ドアが開かれ・・・・
青いドレスを着たジョーカーの女が微笑んで迎え入れてくれた・・・
頭を黄色いゴム飾りで覆っていて何かを隠しているようだ・・・
「トニーじゃない!」
女はそう叫ぶとカルデロンを抱きしめるようにしてから言葉を継いだ・・・
「来てくれるなんて思わなかったわ、忙しいんじゃないの・・・」
「そこをやりくりするのが腕の見せ所ということだよ、シェリー、
そういうもんじゃないか?」
トニーがそう応えると・・・
女はトニーから一端離れて、幾分ラフな恰好のトニーの腕を引いて店内に
促した、そこでスペクターはその後についていくと・・・
シェリー、ジム・スペクターだ、ジャージーからの友人でね」
と紹介されることになった,そこでシェリーは少し考え込むようにしていて・・・
スペクターはもしかしたら自分のことを知られているのじゃないかと気に
やんでいたところに片手を差し出してきた、そこでその手をとって握手を
交わし・・・
髪の間のゴム飾りの下を想像しながらその手を握り返していると・・・
「お会いできて嬉しいですよ、ジム・・・」
そういって手を放し離れてから、シェリーはトニーの方に視線を向けてから
言葉を継いだ・・・
「来るっていっておいてくれたらよかったのに…お連れさんまでいるなんて、
そうとしっていたらもっとちゃんと掃除したのに・・・」
トニーは頭を振るようにして否定の意思を示してから応えた・・・
シェリー、そこまで気を使うことはないといつも言っているだろ」と・・・
そこでスペクターは店内を見回してみた・・・
店内はおどろくほど清潔で、調度もあまり高価なものではないが、それでいて
綺麗に磨かれているようで、塵一つあるようには感じられない・・・
それから長椅子には黒い男が一人いて映画をみているようだ・・・
家にいるかのように寛いでいるようだが、おそらく身内ではあるまい・・・
ジョーカーにとってはそうしたことなどどうでもいいことなのだ・・・
彼らの体に生じたある種の歪みこそが彼らを結び付けているのだろう・・・・
アルマンドだよ」
トニーの紹介する声に応じてアルマンドは視線を向けてきた・・・
貌にはまっすぐのピンク色のスリットがはいっていて一応顎らしくはあるが
見たところ唇も鼻筋もないように思える・・・
そこでアルマンドはトニーと握手してから、スペクターに手を差し出してきた・・・
「はじめまして」そう応えて掴んだ腕は、少なくとも普通のものに思えるもの
だった・・・
「坊主はどうした?」
トニーがそう訪ねると・・・
隣の部屋に視線を向けつつ・・・
「あそこにいるよ、カードで遊んでいるようだね、ところでコーヒーはいかが
かな?」そう言葉を返してトニーからスペクターに視線を向けてきた・・・
それにスペクターが首を振って応じると・・・・
「そいつはいらないが、シェリー、何か腹にたまるものを頼めるかな?」
トニーはそう声をかけシェリーの肩を叩いてから隣の部屋に向かっていった・・・
そこでスペクターは申し訳ない顔をしながらその後をついていくと・・・
中には何人かいて、カードに興じている・・・
一人は小柄な女の子で、他の者より2〜3歳年上のようだが、その忙しく
動いている腕からは薔薇の蔦のようなものが見え隠れしている・・・
それに向かい合うように掛けている男の子は脚でカードを握っているようだ・・・
どうやら彼には腕がなく、頭は普通よりも倍近く大きく、その頭を後ろの
金属製の車いすで支えているときたものだ・・・
「こんにちは、トニーおじさん」ほぼ同時にそう声をかけてきた・・・
カードの札よりもこっちが気になってしょうがないというのがうかがえる顔だった・・・
「こんにちは、sqirtsお嬢さん、
友達を紹介しよう、ジムというんだ」トニーはそう紹介してから腰を下ろした・・・
「よぉ、小僧ども」そこでスペクターが尻がむずむずするような場違いな思いを感じながら
そう声をかけると・・・
「私はティナよ」女の子が札を放り出してそう応えると・・・
「ジェフリーだ」男の子の方は札をつかんだままそう応えた・・・
何か面倒な手なのだろうと思ってみていると・・・
カードの表をむけ放り出して笑顔を向けてきた・・・
そこで見えたカードは<ジャック>でティナの<8>よりも強いカードだった・・・
そこでジェフリーはカードを2枚ともデッキに戻した・・・
「接戦かな」スペクターがそう訪ねると・・・
「ジョーカーなりに(脚の引っ張り合い)ね」とティナが言葉を返してきた・・・
そこでトニーが顔を上げ・・・
「何も変わりはしない、というよりブラック・クイーンがほとんどの人間を殺したなか
生き残ったのだから、ジョーカーを引いたということは強いカードを引いたということ
なのだろうな・・・」
トニーはそういって微笑んで見せたが、スペクターには微笑む気持ちがわかりかねていた・・・
ジェフリーは何かずるをしているのに違いないのだ・・・
「おそらくティナの手は見透かされているんだろうね」
スペクターがそう指摘すると、ティナは鼻を突きだして殺意のこもった視線を向けてきた・・・
そこで恐れ入ったという顔をしながらも・・・
素知らぬ顔をしているジェフリーにはスペクターの死の視線を叩きこんで、相応の報いを
くらわしてやりたいと願いながらもそうしはしなかった・・・
もちろん彼らのいう通りだ、これはゲームにすぎないのだから・・・
「ママから映画をみにいきましょう、と言われているの」
ティナがそういってカードを裏返すと・・・
ジェフリーが「Manchurian Candidate影なき狙撃者だね」と見透かしたような言葉を被せてきた・・・
するとトニーはため息交じりにこう評した・・・
「政治にマインドコントロール、暗殺を描いた低俗なやつだ、
子供の見るものじゃない、シェリーに他の映画にするよう言った
方がいいかもな・・・」と。
「やめてトニーおじさん・・・」
ティナがそう言ってスペクターに懇願するような目を向けてきて・・・
「お願い、そんなことは言わないで、約束したんだから」
そう言ってきた・・・
スペクターは肩を竦めて・・・
「野暮なことをいって友情に水はさしたくないんだがね・・・」
そういったところでトニーが腕を振り上げてくってかかってきた・・・
「民主主義を嘲笑うような映画だぞ」
そういって部屋から出て行ってしまった・・・
「そうかもしれないけれど・・・」
ティナがそう漏らしたところで・・・
「僕は<クイーン>であんたは<エース>」
ジェフリーがカードをたたきつけてとどめとばかりに
言葉を継いだ・・・
「僕の勝ちだ」と・・・
「おめでとう、ぼうず」
スペクターはそう言葉をかけつつ、言い聞かせるようにそっと囁いていた・・・
「何事にも報いというものがある、覚えておくことだ・・・」と。