その23

    ウォルター・ジョン・ウィリアムズ
          午後8時


ピアノの上に衝突するかたちで落ちたわけだが・・・
今は驚くことに自分であけた穴の上に身体が浮き上がっている・・・
身体が空気よりも軽くされているように思える・・・
ハイラムの仕業で・・・
上に向かって釣り上げられたかたちで浮かび上がっているのだ・・・
そのうえ落ちたときに掴んだとみえて中庭に面したベランダの、曲がって
しまった鉄筋の一部を握ったままときたものだ・・・
そうしてゆらゆらと釣り上げられたような状態でいると・・・
眩い光が目に痛い・・・
TV局の投光器に照らされて・・・
酔っているのかふらふらしているピアニストの姿と・・・
ぱっと見た感じ青白く見える顔をして眩し気な目をしているハイラムの姿が
目に飛び込んできた・・・
「このままじゃみすみす殺し屋を逃がしちまう」そう叫んで・・・
「革ジャケットを着た小男がいただろ?あいつはワイルドカード持ちだぜ」
と続けると・・・
「どこにいるんだ?」
胡乱な目をしてそう訪ね返してきたハイラムに向けて再び叫んでいた・・・
上院議員の部屋の方に行ったんじゃないかな・・・」
それを聞いたハイラムは目に見えて青ざめた様子で、手足をもつれさせるように
して進もうとしているが、人いきれに阻まれて思うようにいかないでいる・・・
「ハイラム!」大声でそう声をかけ・・・
Goddamnitおいこの野郎!」と声を荒げずにはいられなかった・・・
なにしろ身体が浮いたままで空気よりも軽くされていると不便でしょうがないのだ・・・
そもそもハイラムでは殺し屋の貌もわからないだろうし、どうやって止めるという
のだろうか・・・
そんなことを考えていると、
「殺されるところだった、あいつは俺を狙ったに違いないんだ」
場の悪いことに白いタキシードを着たピアニストがジャックを指さして
そんなわけのわからないことを言って騒ぎ始めたのだ・・・
「黙れ!」そう一喝すると・・・
男はおとなしくなってすごすごと逃げていき見えなくなった・・・
そこでハイラムの重力制御が緩まって動けるようになって・・・
そこからエレベーターを目指すことも考えたが・・・
それでもまだ身体は軽く、月面の宇宙飛行士のようにふわふわしているのだ・・・
一っ跳びで中庭を横切ってエレベーターを目指したが・・・
そこに至るドアの辺りに警備の人間たちが群がっている…
とはいっても壁をすり抜けることのできる男をどうこうできるものではあるまい・・・
その内の一人が先導してくれてエレベーターの中までたどり着くことができて・・・
そうして上階に向かいながらも・・・
あの背の盛り上がった男が屋根に潜んでいてケーブルを切るのでは
ないか、という考えを頭から振り払っているうちに目当ての階に着いた・・・
先導してくれた男は、ハートマンの部屋の方が気になってしょうがないという
のが覿面見て取れる・・・
そうしているとビリィ・レイがやってきた・・・
白いスーツを身に着けて・・・
私服警備員の一団を伴っている・・・
そのうちの何人かはウージィを携えていてまっすぐ前に向けているといった
物々しさだ・・・
身体にまとわりついたコンクリートの粉をはたき落としながらビリィの
ところにかけて行って・・・
殺し屋が身体の位相を変えて壁をすりぬけることを伝えると・・・
ビリィはそれ以上何も訪ねずに自分の仕事に戻った様子で・・・
無線に向けてその情報を囁いて警備の人間に伝えているようだった・・・
そこでジャックも戦列に加わろうと提案しつつも・・・
ともあれ先に服を着替えることにした・・・
服といってももはやすだれのような代物にすぎないわけだが・・・
そうして部屋に戻るとドアがあいたままになっていて・・・
そこからなんなく中に入ることができた・・・
そういやエースの話はしてもどこでやりあったかは話していなかったから当然か・・・
そんなことを考えバスルームに向かったところで・・・
カーペットの上の何かに足が触れ立ち止まることになった・・・
視線を下ろすと、セイラのショルダーバッグの一部であることがわかった・・・
屈んで開けてみると・・・
3分の1になったノートパソコンが滑り落ちると同時に・・・
紙の束もまた落としたかたちになった・・・
手を伸ばし拾い上げてみると・・・
一応何枚かをホチキスでとめてあって・・・
レオ・バーネットのここのところの動きがまとめられている他に・・・
公文書と思しき黄ばんだ紙に青いボールペンで<秘密のエース>と
書き留めて下に何度も線が引かれているではないか・・・
さらにその下に目をやると細かい数字と文字が並べたてられている・・・



       国防省請求文書DOD#864−558−2048(b)
 
               血液検査結果
         
            ゼノヴィールスタキスA検出



残りは切り裂かれ見当たらないがこれで充分というものだろう・・・
そいつをしばらく眺めながら
秘密のエースか・・・そう一人ごちつつも・・・
即座にその考えを訂正することにした・・・
これでそいつの存在はもはや・・・
秘密でもなんでもなくなったというものだろうから・・・