ワイルドカード7巻 7月22日 午後6時

     ジョージ・R・R・マーティン
         午後6時


雪の結晶より複雑で、きめの細かいレースより
繊細な模様がそこには表示されていた。
ジェイは顕微鏡の向こうのそのかたちを睨みながら、
Jesus(なんて)」止めていた息を吐き出すかの
ように「美しいんだ」と言い添えると、
「ウィルスとてタキスの美意識に基づいて創られたもの
ですから」
そう言葉を継いだタキオンは医療着に袖を通し、
「アクロイド!」と声をかけてきた。
そこでジェイが振り返ろうとしたところで、
ハイラムが微かな眩暈を感じたように倒れ、
ジェイが片手を掴んで、もう片方の手をタキオン
支えられるかたちになって、床に下すとどうやら
重力制御が外れたと見え、ドスンと音が立って、
ハイラムは顔を手で覆いながら、
「すまない、急に目の前が暗くなったものだから……」
などと言って恐縮しているところに、
タキオンがフラスクを取り出して勧めていて、
ハイラムがそれをぐびぐび飲んだところで、
ジェイも自分の喉が渇いていたことを思い出し、
「俺も貰っていいか。ここんとか碌に休んじゃ
いないものだからね」そう伝えると、タクは黙って
フラスクを渡してくれた。
そこでジェイはブランディを一口飲んで、生き返った
心地でいると、
「疑いの余地はないのかな?」ハイラムがそう言いだしていて、
「ありません」とタキオンが応じ、
「たとえあの方がエースだったところで……
それが何だというんだ?
認めはしないだろうし、気づかなかったということもありうる
だろう」
それに対し、タキオンは天井を見つめ、沈黙を返した。
そこでジェイが、
「これからどうすればいい?」と訪ね返すと、
「どうしたものですかね」タキオンはそう応え、
「あんたにも打つ手はないのか?」そう返すと、
「信じてもらえないかもしれませんが、私とて全能ではないのです、
全てを解決できると思ったら大間違いですよ」とタキオンは答えた。
そこでハイラムはよろよろと立ち上がろうとし、
「証拠が足りないというものじゃないかね」と言いだしたが、
ジェイは顕微鏡を指さして、
「これ以上何の証拠がいるというんだ?」と言葉を返すと、
「あの方が何か過ちを犯しただろうか?」と言いだしたではないか。
「クリサリスが殺されているのだよ」ジェイはそう応え視線を上げて、
ハイラムを見つめ返すと、
「証人も必要じゃなかろうか」ハイラムはそう言い返すと、
片方の手を握り、もう片方の開いた手の平を叩くようにしていたが、
ジェイはそれでも顕微鏡を指さして、
「これで充分じゃないか」と言い募ると、
「もういい、そこまでにしようじゃないかね」タキオンがそう叫び、
ハイラムはタキオンの肩に手を添えると、
「あの方に話を聞きにいってくれないか。もしかしたらきちんとした
説明が聞けるかもしれないじゃないか。もしそうならそれにこしたことは
ないのだからね」
「まぁそれもそうか」何か言い返さなけれなならないと思いながらも、
グレッグを賛美する言葉を聞かされるのが関の山だと諦めて言葉を
飲み込んで、ともあれブレンディに手を伸ばしたところで、
「何を失うことになるかわかっているのか?」ハイラムがそう叫びだし、
ハイラムの善良さもこうなると度し難い、と考えて、
タキオン嘘八百を並べるかもな」ジェイはそう言って、
「そうならないとどうして言える?」そう言葉を継ぐと、
「私に嘘は通用しません」タキオンは厳かにそう応えると、
ハイラムは肩から手を離した。
そしてあまりうまくはいっていないものの、背筋をまっすぐ伸ばし、
威厳を振り絞るようにした。
そして「私がそうするということは、どういう意味を持つか覚悟は
できているのですね」タキオンはハイラムにそう告げると、
「私が精神を読んで掴んだ真実を受け入れるということですよ?」
「そうなりますか」ワーチェスターはそう応え、
「もちろん法的に証拠として認められはしないとしてもです」
「受け入れよう」ハイラムがそう応えたところで、
タキオンはジェイに駆け寄って視線を向けると、
「あなたにも受け入れてほしいのです。ミスター・アクロイド。
ジャケットを渡してください。処分しますから」
そこでアクロイドがこれまでジャケットをめぐって遭遇したあれこれを
思い出し、答えられないでいて、
「これが唯一の証しなのだよ」とようやく抗議の声を絞り出すと、
「何の証しになると?これを公表するつもりなのですか?
考えてもみなさい。それはワイルドカード感染者に破滅を齎すことに
しかなりはしないでしょう」
それでもジェイは「クリサリスは殺されたのだぞ、このままじゃ何の
罪もないエルモが裁きを受けることになる」そう言い募ると、
タキオンは髪を掻きむしるようにして取り乱したかと思うと、
「なんて忌々しいことを言いだすやら」そう呟いたタキオンに、
「俺にもどうしようもないんだ」ジェイがそう応え、
「クリサリスを殺した人間をそのままにしておくつもりはないからな」
幾分言い訳がましく思いながらそう言葉を継ぐと、
「血と名誉にかけて。エルモをこのままにはしておきはしません」
「そうかい?それじゃどうするんだ?」
「まだ思いついてはいませんが」そこでタキオンは顕微鏡に視線を向け、
電源を切ってからパレットに乗った繊維を洗い落すと、そうして
出ていこうとしたタキオンにハイラムは着いていこうとしたが、
「だめです、ハイラム。私は一人で行かなければなりません」
タキオンはそう言葉をかけていた。
そこでジェイが、「チェーンソウ野郎が出てきたらどうするんだ」
そう言い募ると、
「その覚悟はできています」タキオンはそう言い放っていたのだ。
断固として。