ワイルドカード7巻 7月22日 午後7時

      ジョン・J・ミラー
        午後7時


「それだけだ」ブレナンは険しい表情で
ジェニファーにそう言って、
「忍耐が試されたというところか」
そう言い添えたところだった。
フリーカーズの常連達が通る度にじろじろ
観られていて、10回目の辺りで、ブレナンが
じろりと睨み返したたことでようやく
落ち着いていたのだ。
これまでのあらましをジェニファーに説明していた。
トライポッドの言っていた、全てが落ち着いたら
フロリダでのバケーションに出かけるというのは
悪くない考えに思える。
その頃にはキエンのアジアン・プリンセス号も
うまく売却できていて、トライポッドとフィフィティ・
フィフィティで分けても、十分にそのくらいは
捻出できるというものだろう。
頭にうねうねした蛇蜥蜴をぶら下げたメデューサ
ような頭をしたホステスと思しき女がテーブルに
寄ってきたが、
「人を待っているんだ」とブレナンが告げると、
女は微笑んで「どんな方かしら?」と
食いついてきて、「誰でもいいじゃない」などと
被せてきた。
ブレナンが苛立って、立ち止まった女にどう
応えるか思案していたところだった。
バーを見渡してジェニファーの腕を掴み頷いて
いた。
そして女の方に視線を向けず。
「これでいいだろう」と応え、
20ドルを渡し
「失せろ」そう告げると、女は大きく広がった胸の
間にそれを突っ込むと、そそくそと離れていった。
あいつだわ」ジェニファーがそう囁いて、
ブレナンは頷いて返し、「ここで待とう」と応え、
カントの姿はバーの端の方に認められて離れているにも
関わらず、だいぶ興奮しているのが見て取れた。
どうやらバーテンに詰め寄って何か文句を言っている
ようだった。
そこでブレナンは音を立てず背後に忍び寄って聞き耳を
立てると、バーテンはかぶりを振って、
「あの女はしばらく来ちゃいないぜ」と言っている。
髪を振り乱して居丈高な態度の爬虫類は唾を飛ばしながら、
「わかるものか」バーテンダーにそう言って、
「必要なんだ、口付けが!」そう言葉を被せたところで、
バーで座っていた女が席で体をカントの方に向けてきた。
顔を安手のきらきらしたマスクで隠した女で、
「他の女じゃどうかしら」と声をかけると、
カントが血走った眼を向け、シュウシュウ言うような
掠れた息を漏らしているところに、
「キスしてあげようか、ハニー」と女が言って、
「どこでもいいわよ」と言葉を被せると、
カントは何も言わず、唸りながら、手の甲で女を殴りつけ、
スツールから女を弾き飛ばして、その上に仁王立ちになり、
「売女はお呼びじゃないんだ」そう叫び、
カウンターに拳を叩きつけると、水を振り払う犬のように、
身体をぶるっと震わせたかと思うと、
何とか自制を取り戻したと見えて、
また歯の隙間から絞り出すような声で、
「口付けが必要なんだ」そう吐き捨てて、
バーから飛び出していったが、誰も止めようとはしなかった。
そこでブレナンはジェニファーに目配せをして、弓入れを
担ぎあげると、駆け寄ってきたジェニファーに、
「行くぞ」と声をかけていた。
後をつけるのは簡単だった。
派手な音を立て、進路の花立てやらを蹴倒しながら、
走りはせず、それでも可能な限り急いだ足取りで、
半ブロックほど行ったところで、寂れた感じの5階建ての
アパートに入っていった。
実用一辺倒の飾り気のない建物で、特に防犯も施されて
いるように思えない。
ブレナンがそんなことを考えていると、カントは誰にも
会わないままそそくさと階段を上がっていった。
ブレナンとジェニファーが続いて上がっていくと、カントは
ポケットから鍵束を取り出して、丁度鍵穴にキーを突っ込んだ
ところでだった。
そして部屋に入るとバタンと音を立ててドアを閉めていた。
「逃げ場はあるまい」ブレナンはそう呟くと、ジェニファーは
頷いて、「確認した方でいいでしょうね」
そう言葉を継いだジェニファーの傍らでブレナンは弓入れを開き、
エアーピストルのついた弓を取り出した。
トランキライザーダーツを射出できるタイプだ。
きちんと話ができるよう生かしておいた方が都合がいいという
ものだろう。
通路を進み、ドアの前に立った。
入ったときのままで、鍵はしまっていないようだった。
そこでブレナンはジェニファーに頷いて見せると、
ジェニファーは投げキッスで了解を示した。
そこで体を低くして屈むような体制で、弓入れと同時に
掘り投げるようにして室内に飛び込んだ。
リビングは明らかに高価であることがわかる調度で飾られて
はいるものの、それはブレナンの好みではなかった。
天井からは夥しい数の電球がレール式の可動照明にぶら下がっていて、
もちろん夏のさなかであるとはいえ、室内は熱く感じられる温度に
なっていて、家具は光沢を放つ革がクローム材に貼られていて、
南国の島の岩肌の蜥蜴はこんな感じだろうか、などと思いつつ
見渡したが、室内には誰も見当たらない。
そこでジェニファーが幽体状態で壁を通り抜け、室内に入ってきた
ところを見計らってドアを閉め、合流を果たすと、
どこから何者が飛びだしてくるかわからない緊張状態のまま、
中に続く通廊に飛び出して、ジェニファーに頷いてみせ、
さらに先に進むと簡易キッチンがあったが、そこも無人だった。
スライド式のクローゼットがあって、半ばあけ放ったように
なっていて、ジョーカーの警官がどこかに隠れているのではないかと
見渡しはしたものの、どうもそこにいないようで、
さらにそこから寝室に向かって聞き耳を立ててから、
注意深く覗いてみると、
そこは庇のついた天蓋のある四脚の大きなベッドで
占められていて、そこには水の入った浮輪のような
寝具が入っている。
そしてベッドの向かい側の壁には、大きなテレビが
置いてあって、その横にも子供が遊ぶようなビニール
プールがあって、そこには砂が詰められているのが
見て取れた。
そこには一対の太陽灯が向けられていて、そこに
裸のカントが目を閉じて横たわっているのがわかった。
そこでブレナンが乱暴にそこからカントを引き摺り出すと、
砂を振り払うかのように体を震わせたかと思うと、
もごもご何か呟いていたようだったが、
「カントだな」ブレナンが落ち着いた声でそう
話しかけると、
ゆっくりとブレナンに向けたジョーカーの顔は
怒りに歪んでいて、首の下辺りには醜い痣が
見て取れた。
そうしてブレナンを見つめつつ、口をもごもご
動かしていたが、ようやく叫びをあげたかと思うと
飛び上がって、鉤状になった指を伸ばしてきた。
そこでブレナンは黙って引き金を引いた。
多少手がぶれはしたが、羽のついたダーツが
カントの裸のお腹に突き立つはずだった。
しかしそれは固い鱗状の皮膚に阻まれて突き刺さる
ことなく跳ねて下に落ちた。
Shitしまった!
それを見たブレナンは思わずそう悪態をついていたのだ。