ワイルドカード7巻 7月22日 午前6時

      ジョン・J・ミラー

         金曜
      1988年7月22日 
        午前6時


目覚め、ベッドの傍の椅子に座っていると、
身を捩ったジェニファーは、ブレナンがベッドに
いないのに気づいて目を覚まし、欠伸をしつつ
寝ぼけた様子でもごもご何か呟いている。
そこでブレナンは「おはよう」と声をかけ、屈んで、
まだ眠気眼のままのジェニファーの額に
キスをすると、「もう朝なの?」と声をかけられた。
そこで「そんなところだ」と返すと、
「シャワーを浴びなきゃ」と言い出して、シーツで
身体を半ば覆って横に腰を下したジェニファーから、
「一緒に入ってもかまわないわよ」と添えられた
言葉に、「それもいいか」と応えていた。
どうにも疲れがとれず、こんな時間にしては汗が身体に
纏わりつくように思えてならなかったのだ。
「先に入っててくれ。急いで済ませておいた方がいい
電話がある」
「いいわよ」ジェニファーはそう応え、身体からシーツを
外し、「急いでね、洗ってあげたいから」と言ったジェニファーに、
笑顔を返して、受話器に手を伸ばし、ジェニファーが裸で洗面所に
向かったところで、猫から渡された番号にかけていた。
それから三回コール音が鳴ったところで、相手が電話に出たようで、
「もしもし」といかにもうんざりしたといった声が聞えてきた。
「ヨーマンだ」
Christ(おいおい)今何時だと思ってるんだ?」
「早すぎたかな」ブレナンはその文句を遮るようにそう言葉を被せ、
「手を貸すと言っていたな、必要な情報がある」と言葉を継ぐと、
「わかった、わかったよ」フェイドアウトの機嫌は損ねたままながら、
それでも「で何が知りたいんだ?」とは一応聞き返されてきた。
「カントという名のジョーカー警官についてだが」
「ああ、あいつか。ワームの性悪な兄貴といったところかな?」
「どういうつもりだ?」
「たわいのないジョークさ。あの二人はよく似てるものでね。
同じ見世物小屋から逃げ出してきたようじゃないか?
それで何を知りたいんだ?」
「まっとうな警官なのか?」
「そうだな、まっとうとは言い難いかもな。なんせF.X.ブラックに
飼われていたような奴だからな。はみだしものもいいところだ。
手が妙なかたちにねじ曲がっているだけじゃなくて、いかがわしい
ナイトクラブに出入りして、かろうじて合法といった他所の国の
娼婦を相手にしてるそうだよ。なんでも女にドラッグを横流し
してるのじゃないかという話もあるそうだがね」
「エジリィ・ルージュという名の女か?」
「たしかそんな名じゃなかったかな」フェイドアウトはそう言った。
「何か知っているのか?」
「知っていることといえば、黒人系の女だが、そう浅黒くなく、
ドラッグと同じように、男には魅力的に思える女らしい。
おそらくいいように踊らされているのはカントだけではないだろうて」
「その女がどこにいるのか知っているのか?」
「いんや、探してはいるが、どうにもみつからない」
「こっちも同じだ」
「そうか」フェイドアウトはそう応え、
「悪いが、そっちは協力できそうにない。ともあれ何か掴んだら
知らせてくれると助かる、それからならなんとか調べがつくかもな」
「いいだろう。他には?」
「いわゆる団体のつてというものがあってね、モークルという奴に
ついてなら調べがついたよ。港で働いているそうだ。重機の運転を
していて、フルトンストリートドックの早朝番に入ってるそうな。
それからワームについてもビッグニュースがあるよ」
「どんな話だ?」
「確かな話というより、まだ噂段階にすぎないわけだが、どうやら
数日中にキエンに頼まれて何か仕事をするらしいな。どうもワーム
でなければできない特殊な事情があるらしい」
そこでフェイドアウトは少し黙り込んでから、
「もしもし、おい聞いてるのか?」と訊いてきた。
そこで「聞いてるよ」と応えると、
「ああ。ならいいんだ。もしワームの件に興味があるなら、Linリンと
いう店主のCurio emporium骨董品屋を後で尋ねてみるといい。
11時くらいだと丁度いい頃合いじゃないかな」
Mulberryマルベリーにある中国系の美術商だな」
「その通りだよ、知っていたのか?」
ブレナンはその言葉に無言の同意を示しつつも、
リンの店は美術商の世界では名の知られた骨董屋であると同時に、
いわゆる上客相手には違法な薬物を都合する場所であることで
有名なことも思いだしていた。
「まぁいいさ。他にエジリィについて話しておくことはないか?」
そう切り出したフェイドアウトに、
「何かわかったら連絡する」ブレナンはそう応え、電話を切っていた。
そして考えていた。
どちらが優先されるかといえば、ワームの方だろうが、ようやく尻尾を
掴んだのだ。
そして最初にモークルの方を片付けた方がいいか、早朝番というのが
深夜勤務のことを指すなら今動いた方がいいというものだ。
ワームのことはそれからで構わないか。と思い定め、
手狭なシャワールームに入っていった。
火照った身体に冷たいシャワーを浴びて覚ましていたが、
ジェニファーが石鹸をつけた手でマッサージを始めたことで、大分疲れも
ほぐれてきて、身体に染みついた緊張やうまくいかない状況に対する落ち着かない
気持ちすらも汗や汚れと一緒に洗い流されたように感じつつ、最初にダグ・モークルに
手をつけて、次にワームを相手しなければならないにしても、少なくとも今のところは
ジェニファーのことだけを考えていられるというものだろう。
そう考えつつ、ジェニファーにキスをして、気怠い愛の営みに落ちて行った。
冷たいシャワーのしぶきに火照った身体をさらしながら。