ワイルドカード7巻 7月21日 午後11時

      ジョン・J・ミラー
        午後11時


マセリークがアパートに入って、リビングの灯りを
つけようとスィッチに手をかけたその時だった。
闇の中に狩人の微かな人影があった。
「こういうかたちの訪問は褒められたもの
じゃないわけだが……」
ソファーの上のブレナンはそう声をかけ、
「至急必要な情報がある」と言葉を
被せると、マセリークはパチンとスイッチを弾いて
灯りをつけてから、
「14年も会っていない相手を、放り出さない理由も
あるまいが……」と不平を漏らしてきたが、
「対価として情報の提供の用意もある。それは間違いない」
と切り出すと、マセリークは溜息をつきつつ、かぶりを振って、
後ろ手でドアを閉めてから、ブレナンの後ろに立って、
「まぁいいさ」と返事を返し、
「それじゃ聞こうじゃないか」と言葉を添えてきた。、
そこでブレナンはまっすぐに視線を向けた。
おそらくその瞳はマセリークのものに比べると
暗く哀しみに満ちているように見えるのではあるまいか。
とはいっても、実際落ち窪んで目の下に隈ができて
しまっているのは、クリサリス殺しの犯人探しが
難航しているからなのだが……
「エジリィ・ルージュという女の名に聞き覚えはないか?」
「エジリィ・ルージュだって?その女がどうしたというんだ?」
「情報が欲しい。例えば住所とかだが……」
「なぜ俺に訊く。電話帳でも調べればいいだろ」
「俺が聞きたいのは、前科とか後ろ暗いところがないかということだ」
「前科だって?Christおいおい。そうだな、人並みの娼婦といったところかな、それ以外は
吹雪のごとく荒れ狂うことはあってもまっさらといって良いだろうな」
「それは間違いないのだな?」
ブレナンはそう訊き返したが、
「ああ、間違いないよ」マセリークはそう返し、
「一応目をつけちゃいるが、まっとうな商売をしているという範疇に
入るようだよ、もちろん男を惑わせちゃいるがね」と言葉を添えると、
「誰が担当してるんだ?」と訊き返すと、
「もちろん、俺の相棒のカントだよ」マセリークはそう応えたが、、
ブレナンは<まっとうな>、という言葉にひっかかっていた。
それは情報屋のトライポッドからは聞いた情報とは異なっていたから
だった。
何か情報が洩れているのではあるまいか。
おそらくカントはマセリークは考えているほどちゃんとした警官では
なく、実際は信用がおけないということではあるまいか。
「そのくらいでいいだろう?」マセリークは不満の感じさせられる言葉で
そう言ってきた。
「こっちにとって有益な情報というのは何なんだ」そうぶつけられた言葉に、
ブレナンはデニムのポケットから取り出したものを投げてよこした。
それはローリィから奪ったラプチャーの入ったガラス瓶だった。
そして「これが何かわかるか」と言葉を継ぐと、
「この蒼い色から察するに、今巷を騒がせている特別誂えのドラッグ
じゃないか?あまり状態のいいものは手に入っちゃいなかったんだ。
乾燥ミルクからストリキニーネを取り出したような代物だった」
「感覚を高めて、飲食やセックスの感度を上げるそうだ……」
「ほう、あんたはそいつを知ってるんだな?」
「実際どういう効果があるか試した訳ではないし、副作用があるか
どうかもわからない」ブレナンはそう言って、
「数週間試してみるといい、そうすれば食事も味気なくセックスも
必要なくなるとも言っていた。実際ひどい状態だった」
マセリークは再びためいきを漏らしつつ、椅子に深く腰を沈めて、
「中毒になる恐れがあるということだな?」そう挟んできた言葉に、
「チッカディに行ってローリィという女に会うといい、そこに
たむろしてる女で、青い唇でわかるだろう。
クインシィの実験に使われているということだろうな」
「どれくらいで中毒になるのだろう?」ブレナンは肩を竦めつつ、
「わからない。二週間とか言ってはいたが。そんなところではない
だろうか」と応えると、マセリークは視線を据えたまま、
幾分話しにくそうにしつつ、
「それじゃこっちからも話すことがある」そう言ってきた。
「何かあったんだな?マセリーク」そう言葉を向けると、
警官はため息をついてかぶりを振ってから、
「このままじゃあんたやばいぜ。手を引くことはできんのか。
法から外れた行動をやめるつもりはないかと訊いているんだ」
そこでブレナンは鋭い視線を返しつつ、
「アクロイドから、俺がヨーマンだと聞いたんだな」
マセリークは頷いて、
「もちろんそんな気はしていたが、確証もなかったからな。
あの剣呑な探偵がそんな情報を鼻先にちらつかせたんだから、
とびつかないわけにもいかなくなった」
「もちろんそうだろう」ブレナンはこともなげにそう応えると、
「こいつは俺の稼業だからな」マセリークがそう言葉を被せて、
「それはわかってくれるな?」そう言葉を継いできた。
ブレナンは頷いて応じつつ、
「守らなければならない仁義があることはわかっている。
それはこちらも変わらない……」マセリークは立ち上がって
ドアに背を向けつつ、「認めるわけにはいかんがね」
そう言ったところで、ジェニファーが壁の中から姿を現していて、
マセリークの隣に立っていた。
煙のように静かに、そしてマセリークの頭に銃口を向けている。
マセリークは凍り付いたような目でその姿を見つけていたが、
「そうか仲間がいたのか?」そう言って手を横に垂らしている。
ブレナンはソファーから腰をあげ、
「背後を守る仲間の必要というものはベトナムで学んだことだ」
そうマセリークに告げ、「忘れたと思っていたが……」
そう言葉を継いでマセリークの横に立ち、ドアを開けると、
「今あんたは警察に追われているんだ」そう言ったマセリークに、
「クリサリス殺しの犯人探しを優先すればいい。、ラプチャー
の取引を阻止したりもできるだろう」ブレナンはそう言って
ドアから出て行った。
そしてドアが閉まったところで、マセリークは振り返り、銃口
掴んでみせると、レイスは笑みを浮かべてそれを手放していて、
それを放り出してレイスにも手を伸ばしたが、もはや煙のように
なっていて、壁の中に消えていったのだった。
触れることのできない風のように。