ワイルドカード7巻 7月20日 午後1時

            ジョン・J・ミラー
            1988年7月20日
              午後1時


緑色の肌をした9フィートのジョーカーが一人でクリサリスの棺を
軽々と担いでいた。
この男にかかっては重い棺も靴箱のように思えてならない。
教会から伸びている弔問客のその行列に付き従うかたちで、ブレナンと
ジェニファーも小ぶりな墓地に続く道を歩いていた。
墓地には穴が掘られていて、ジョーカーとクオシマンの手に寄って棺は
そこに下ろされ、烏賊神父がお香の煙と聖水で棺を清め、死者に対する
最後の祈りが捧げられると、そこで人々は一端埋葬のため棺から離れた。
そこにつながる長い列ができていて、人々が一掴み、もしくは一抱えした
土を投げ入れて、各々烏賊神父に向けて弔意を述べたところで、タキオンと、
その隣に居心地悪そうに座っていた男がそこに立っていた。
男は紺のスーツの下から日に焼けた顔をのぞかせていて、そこからは強い
怒りの感情が見て取れる。
おそらく何らかの強い葛藤を抱えているのではあるまいか。
「こんにちわ、神父さま」ブレナンは司祭にそう声をかけ、その手を取ると、
「お久しぶりですね、ダニエル」烏賊神父もそう応え、強く、それで
いて親しみの籠った握手を返してくれた。
タキオンもブレナンに駆け寄っていて、抱き着いてきた。
ブレナンもこころよくそれに応じていると、しばらくしてからタキオン
その身を離して、肩に手を添えたまま、「話しませんか」と声をかけてきた。
そうしてタキオンはブレナンを墓地の奥の、周りに人のいない辺りに連れて
いっていて、そこでジェニファーを見つめ、
「あの美しい金髪の女性ガジェニファーなのですね」と言ってきた。
「はい」
「今は幸運といえるかもしれませんが、それもあなたが逮捕されては
翳るといわざるえません、どうして戻ってきてしまったのです?」
「一時的なことにすぎない……」ブレナンはそう応え、
「殺しの犯人をみつけだすまでのことだ」と言葉を継ぐと、
「それで何か掴めましたか?」
「何もつかんでいないといったところか……」と認めつつ、
「それでもあたりくらいはつけているのではありませんか?」
「キエンの仕業ではないかと考えている」
それも疑わしいと思いながらそう応えると、
タキオンも些か緊張を滲ませた声で、
「それはないでしょう、あなたがこの街から出て行くことと

引き換えに抗争を終らせたのですからね。
そんなことをしたらまた殺しの連鎖が始まるでしょうに」
そう言葉を被せてきた。
「そうも言い切れまい」ブレナンはそう応え、肩を竦めてみせて、
火の粉が飛び散ってきたら掃うまでだ」そう言葉を継ぐと、
「どうしてもやっかいごとに首を突っ込むというなら」
タキオンは言い含めるようにそう言葉を被せてきて、
「せめて手を貸したいところですが私はアトランタに戻らなくては
なりません。それまで動かないわけにはいかないのですか?」
そう言い添えてきたが、ブレナンはかぶりを振って答え、
「すべての片がついたら俺とジェニファーはニューヨークを出て行く
のだから構うことはない」と告げていた。
「どうしても係わらなければならないならば……用心することです」
「ならばそうしよう」そう応え握手を交わし、弔問客の間に立ち返ると、
烏賊神父が隣に立つ男の咳払いに促されるように、
「ああ、そうだ」と声をかけてきた。
「ミスター・ジョリィ、こちらは……」と継がれた言葉に、
「アーチャーです」ブレナンは穏やかにそう応えると、
「ダニエル・アーチャーにジェニファー・マロイです、
ダニエルは、その、娘さんとは親しい間柄でした、
こちらジョー・ジョリィ、クリサリスのお父さんです」
ジョリィはその言葉に頷いてみせて、ブレナンは烏賊神父に
握手するよう促されてその大きく肉厚な手を握ると、
「お逢いできてうれしい、ミスター・アーチャー、
わしの小さなデブラ・ジョーにちゃんとした見栄えの
友人がいて嬉しく思いますぞ」
その言葉にブレナンが表情を凍り付かせていると、
烏賊神父とタキオンは聞かなかった風を装っているのに
気付いて、
「クリサリスは多くの友人に恵まれた稀有の女性でした」
幾分強張った声であるものの、ブレナンはそう応えると、
「あの子の名はデブラ・ジョーだ」ジョリィがそう言いだした
ところで、烏賊神父がとりなすように二人の間に割って入ってきて、
ブレナンの肩に手を添えながら、
「遺産の遺言についてですが」と司祭は言っていて、
「今晩教会で話しますが、あなたにも来ていただきたいのです」
そう継がれた言葉にブレナンはジョリィから視線を外して
烏賊神父に向き合うと、
「出向くとしよう」感情を抑え、そう応えると、
「すまないがもういかなくてはならない」そう言葉を添えてから
再びジョリィに視線を向けて、
「クリサリスにとって稀有というのも控えめすぎる表現だと思うが、
タキオンも言っていたように、俺とて家族以上にあの人のことを
知っていたわけではないが、これだけは約束させていただきたい、
ミスター。ジョリィ、かならず犯人に罪は償わせてみせる、
これはあんたのためじゃない、あの人のためだ」
そう言い放つと、ブレナンは背を向けて教会を後にした。
ジェニファーもその後をついてきたが、その先の路地で緑の瞳の
黒い猫が待ち受けていて、ジェニファーとブレナンがそこに近づいてくと、
ニャーと一声鳴いたかと思うと、後ろ脚で立ち上がると、ブレナンに
封筒を差し出してきたではないか。
ブレナンが猫の目線にまで屈みつつも、どうしたものか思案していると、
ジェニファーはブレナンに視線を向けてきて、互いにしばらく見つめあって
いたが、ともあれブレナンが封筒を受け取って、
「おい、レージィ・ドラゴン」そう声をかけ、
「久しぶりだな」そう言葉を継ぐと、
「ミョーオ」
猫はそう鳴いて肩を舐めてから、踵を返して路地の奥に消えていった。
「あの猫を知っているの?」ジェニファーにそう訊かれ、
「以前手を組んだことがある、あのときは鼠だったが」
そう応え、封筒を開くと、中の文字を読みとると、そのままジェニファーに
手渡していた。
そこには、
<やぁカウボーイ>と
<話がある>
と短く簡潔に記されていて、
フェードアウトのサインと電話番号も添えられていたのだ。