ワイルドカード7巻7月20日 午後2時

 ジョージ・R・R・マーティン
   1988年7月20日
     午後2時


「うまくいくと思ってたんだがね」
そう応えたディガーはホチキスの上に
座っていて、その横のコーラのカンの
方がまだ大きい。
作業台の上には他にもピザが載っていて、
三つに切り分けられたピザはジェイに
とってはさほど大きいものではないが、
ディガーにとっては手に余るようで、
その上に載ったサラミを手に取って
ぱくついているが、脂にまみれた紅い
マンホールを掴んでいるようにすら
見える。
「第一あの記事は掲載されていないんだよ」
ディガーはそう零していて、
ジェシカのことは僕しか知らないはずだった
んだ。
それにあの農場の居心地は悪くなかったのにな、
それにだよ、あの子は農場を作りたがっていたが、
父親はそれを許さなかった、そこで俺は考えたんだ、
俺が説得してそいつを作らせればいいとね、もし
ジェシカと俺以外誰もそいつを知ることがなければ、
完璧な隠れ家になるはずだったんだ」
「どうして行方をくらましていたんだ?」
ジェイがそう言葉を向けると、ディガーは憂鬱そうに
かぶりを振りながら、
「それはだな、その必要があったからさ、空港を使ったら
ずっと張り込みをしてればかちあうことになるだろうし、
それじゃ安全じゃないからな」
そう言って嫌な顔をしているところに、
「空港は三つもあるじゃないか?」ジェイはそうして、
Penn Stationペン・ステーション、Grand Centralグランド・セントラル、ポート・オーソリティ、一日に
どれだけの人数がそこを通っていると思うんだ」
そう言い添えたが、
「誰に安全と言えるんだ」
ディガーは昏い顔をしてそう言い返し、
「FBIにCIA、そいつらがまとめて安全といったところで、
僕には信用できないね」
ディガーはそう言って身震いしながら、
「僕は学校まで出向いて、ジェシカに計画を持ち掛けた。
ジェシカはすぐに気に入ってくれて、その場で僕を縮めて
フリントストーンの弁当箱の中に入れて持ち帰ってくれた。
そこで僕はさらに考えた。
このままじゃ充分じゃないとね、そこでジェシカは決心して
くれた。
僕を利用できると考えたんだろうな。
実際あの農家は全部プラスチック製で、骨組みさえされていない
わりには快適だったんだ」
「あんたはそれでよかったかもしれんがな」ジェイはそう言って、
ディガーのアパートで起こった惨劇の話をすると、ディガーは
しばらく押し黙っていたが、
Holy Shit(なんてこった)」ジェイが話し終える前にそう呟いて、
「ジョーンジィさんにローゼンシュタインさんまで、一体どうしてそんな
ことに、あの人達には何の係わりもないというのに」
「そこに居合わせたからだろうな」ジェイはそう言って、
「しかもそこにあんたがいなかったものだから」
とどめをさすようにそう言い添えると、ディガーは半分ほどたいらげた
サラミを落として、手の油をズボンでこすって落としながら、
「信じてくれるとは思っちゃいないがね、そんなことになるとは思いも
よらなかった、確かにまともじゃない野郎だから、それでもあのときは……」
そうもごもご言っているディガーに、
「まともじゃない奴というのはわかっていたんだな?」
そう指摘してのけると、
ディガーは事務所を見回すようにして、いつものように驚いた顏をして
見つめているオーラル・エーミィ以外誰もみていないのを確認してから
マック・ザ・ナイフ匕首マック)だ」と言ってから、さらに
用心した低い声で、
「マッキー・メッサー、あいつがどれだけやばい奴かはあんたには
わからんだろうな、僕はあいつが殺すとこを見せられたんたよ、
目の前でシリアのお嬢さんを殺して見せて、わざわざ見せびらかしたんだ」
そう囁いた。
「シリアのお嬢さんだって?」ジェイが混乱してそう言葉を返すと、
「ミーシャだ」ダウンズはそう言って、
「カーヒナだよ、知っているだろ、ヌール・アル・アッラーの姉で、
奴の喉を切り裂いた張本人だ」
手を震わせながら俯いて、何がおかしいのか、低く苦い響きの
笑い声を立てていた、そうしてヒステリックになりながら、
「奴の腕は振動し始めた」そう言って、
「そうとも振動していたんだ、残像しか見えないようにしながら、
目の前をゆうゆうと通っていて、そっと触れた、それだけのはず
だったんだ、そうして指で胸を弄ぶようにしたかと思うと、血が
噴き出したかと思うと、にたにた笑いながら、切り取ったものを
放ってよこしやがった、俺は吐き気がして目を逸らしたが、
クリサリスは座ってじっと見ていたっけ、あんたにわかるか、
次は自分がそうされるかもしれないのに、あの人は毅然として
けっして弱気を見せなかった、あの人が悪いわけではないと
いうのでも、わかるかい、まずいことでもしでかしたとでも
思っているかもしれんがね、それから数週間、あの人の口数は
少なくなった。俺は様子をみていただけだったが、あの人は
どうしただろうな?」
アトランタに刺客をさし向けたんだ」ジェイがそう言うと、
Damn(なんてこった)」ディガーはそう悪態をついて、
「ああなんたることだ、そうか、あの人ならそうしただろうな、
黙ってみていることをやめたわけだ、俺にはもし口外したら、
殺されると忠告してくれていたのにな、そうか先手をうって
くれていたのか」
「レオ・バーネットが大統領になるのには耐えられなかったの
だろうな」ジェイがそう言葉を返すと、
ディガーは胡乱な顔をしてジェイを見つめながら、
「バーネットだって?」そう言って、
「バーネットに何の係わりがあるというんだ?」
そう継がれた言葉に、驚いてディガーに視線を向けると、
「バーネットじゃないんだ」ディガーは噛んで含めるようにそう言って、
「グレッグ・ハートマンだ」
「ハートマンだって?」ジェイが疑ってかかりながらそう返すと、
ディガーは頷いて、ジェイは暑く息苦しい室内にも関わらず、
背筋に冷たいものが伝うような感覚を感じつつ、
「それじゃ最初から話してもらおうじゃないか」
ともあれそう口にだしていたのだ。