ワイルドカード7巻 7月22日 午後7時

    ジョージ・R・R・マーティン
        午後7時


「あと少しだな」ハイラムはそう言って、
大きなため息を零しつつ長椅子の上で
身体を起こしていた。
そして室内のバーに向かい飲み物を
作って戻ってきた。
マリオットのタキオンのスイートにいて、
戻ってくるのを待ちながら、党大会の様子を
テレビで見ていたのだ。
「口にだしたところで早まりはしないと
思うがね」床の上でジェイはそう応えた。
先の見えない投票の連続にうんざりして
いたのだ。
グレッグ・ハートマンは、は同情で当選に
必要な2082票に対し、1956票を
稼ぎ出しはしたものの、ジャクソンと
デュカキスはもはや見る影もなく、
その影響でクオモが僅かに頭角を現しは
しても脅威にはならず、バーネットのみが
対抗馬として立ち塞がっているのだ。
ハートマン支持者の多くは勝利を確信
したのか、金やら緑で彩られたプラ
カードを揺らしつつ、
「ハートマン!ハートマン!」と唱和し始めた。
党大会の会場は金と緑を身に着けたハートマン
支持者の周りは、ジャクソン支持の赤、デュカキスの青、
そしてバーネットの白が取り囲んだかたちに
なっていて、David Brinkleyデビッド・ブリンクリィは
早くも次の予備選でハートマンの票が伸びることを
予想したことで、バーネット支持者の一部が立ち上がり
「秩序を齎すのはレオ・バーネット師父のみ」と
叫びだしていた、
党大会会場の人々の半分ほどが立ち上がり、口々に
声を荒げているのだ。
それに眉を顰めつつハイラムが腰を深く沈めたことで
長椅子が悲鳴を上げるのではないかとジェイが思って
いると、
「気分がいいとは言い難いが」ハイラムはそう口にして、
「悪くない状況といえるのじゃないかな。
バーネットは伸び悩んでいるようじゃないかね。
とはいっても我々の優位を決めつけるのはまだ早いと
いうものだろうがね」
「俺たちだって?」ジェイは胡乱な目を向けつつ
そう言葉を返すと、
ハイラムは襟の下の首筋を摩りつつ、
「例えグレッグが怪物だという証拠が挙がったとしても、
私はまだハートマン陣営の代議員であることに変わりはない。
場合によっては後始末に回らなくてはならないだろうからな」
ハイラムはそう言葉を継いでから腕時計を見つめ、
タキオンはまだかね?」そう漏らした言葉に、
切り裂きマッキーに真っ二つにされているかもな。
そんな考えがジェイの頭をよぎりはしたが、あえて口には出さなかった。
ハイラムの体調を慮りつつ、タキオンが戻ってこなかった場合の
ことを考えていたのだ。
それからもし無事戻ってきて、グレッグが無実だと言いだしたら、
その方がハイラムにはいいのだろうが、ジェイにしてみれば
疑いばかりが膨れ上がるというものだろう。
もしそうなれば、ハートマンのエース能力はタキオンすら
手玉にとれて、意のままにできるということだろうから。
もちろんそんな状況など考えたくもないし、それが間違いで
あるに越したことはないが、そうなれば喜んでタキオンの提案を
反故にできるというものだ。
ジャケットを取り返し、衣装鞄に安全に収めて、クローゼットに
仕舞い込まねばなるまい。
テレビの向こうでは、ハートマン支持の人々が、事態を打開するべく
投票を呼び掛けていて、バーネット支持の人々が反発し、反対票を
呼びかけて、コメンテーターの意見を覆そうとしている。
ジェイは腰を上げ、チャンネルを変えると、他の局でも
同じ映像が流されていて、CNNでようやくテッド・ターナー
チャンネルでCary Grantケーリィ・グラントの出た古い映画が
流されていたが、色がおかしくなっていて、ピンク色になった
グラントに辟易してチャンネルを変えていた。
そこでハイラムが「なぁ頼むよ、ポピンジェイ」と口を開いて、
「党大会に戻しちゃくれまいか」と言いだした。
「もうたくさんだろ、ハイラム」ジェイはそう応え、
「誰に投票したらいいかをぺちゃくちゃ言い合ってるんだろうからな」
そう言葉を継ぐと、
「それもそうだがね」ハイラムはそう返し、
「確かにTopper天国漫歩も悪くない作品だがね、少なくとも
ジョージ・カービィにあんな色はついちゃいない、ビデオででも
確認してみるといいよ、確かに生きている役ではないがね」
「今なんて言った?」ジェイはその言葉に掴みかかろうに飛びついて
そう言葉に出すと、
ジョージ・カービィにあんな色は……」
ハイラムがそう言いかけたところに、
Shitなんてこった」ジェイはそう悪態をついて、
Goddammitそうか、そうだったんだ」そう言葉を継ぐと、
「一体どうしたというんだ?」はハイラムが身を乗り出すようにそう訊いてきて、
「ジェイ、具合が悪いんじゃないのか?」そう継がれた言葉に、
「溌剌とはいかんが心配ない」ジェイはそう応え、
「間抜けこのうえないとは言えるがね。どうしてジョージ・カービィ何某なんて
名前にしたかが重要なんだ。おそらくクリサリスが意図的にそう名付けたんだろう
からな」
そこでハイラムはゆっくりと何かを悟ったとみえて、
「確か<Topper天国漫歩>というドラマの幽霊の名じゃなかったか?」
「そうなんだ」ジェイはそう応え、
「幽霊というよりSpecterスペクター(この世ならざる存在の名)と呼ぶべきかな」
「そうか、ジェイムズ・スペクターか」ハイラムがそう言葉を継いだところに、
ジョージ・カービィ夫妻は死の世界から戻ってきたからな」
ジェイはそう被せ、
「そういう意味合いでチケットの名義に選んだんだろうな。
クリサリスが雇ったのはスペクターだったんだ、つまりディマイズだ」
ハイラムも状況を飲み込んだと見えて、
「だとしたらそのことを周知させなければ」ハイラムはそう呟くと、
受話器に向かい、それを掴むと、電話番号を押して出たオペレーターに、
Secret Servise私服警備員につないでほしい」と告げたところで、
ドアが開かれ、タキオンが何も言わずに入ってきた。、
俯いたその表情に、ハイラムは受話器を持ったままなのも忘れて
「あ、あの話は……真実ではなかったのだろ」と恐る恐る声を
かけていた。
それから「誤解があったというなら、それを話してほしいんだ。
グレッグはけして……」
そこまで言葉を継いだところでタキオンは顔を上げ、
そのすみれ色の瞳に深い同情を滲ませつつ、「ハイラム」
異星の男は感情を抑えつつそう口に出し、
「憐れな、何と憐れなことか。嗚呼ハイラム。
彼のこころを観ました。パペットマンがそこにいたのです」
小柄な男は身を震わせながら、
「思ったより千倍も邪悪な存在でした」
そこでタキオンはへなへなと沈み込むようにカーペットに
座り込み、両手で頭を抱え、すすり泣き始めたではないか。
ハイラムが思わぬ展開にぽかんと口を開いたまま固まったいた。
ジェイはその姿に、こんなに焦燥しきったぼろきれのような
姿を見たことはなかった、と感じながらも、ハイラムの
耳にあてられたままの受話器を掴むと、まるで電話など
見たこともないといった唖然とした表情で、灰のごとく青ざめた
顔をして、「嗚呼神よ、許したまえ」微かに聞き取れる声でそう
囁いたかと思うと、ようやく受話器を置いて電話を切っていたのだ。



<Topper天国漫歩>
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