ワイルドカード7巻 7月22日 午後7時

      ジョン・J・ミラー
        午後7時


どうやら蜥蜴と格闘するはめに陥ったらしい。
ブレナンがそう苦笑していると、
カントはじたばたといった無様な調子で、ブレナンの
目めがけて鉤爪上になった手を振り下ろしてきたが、
ブレナンは手でそれを受け止めると、空いた手で
もう一方の手を掴み、背中に向け捩じ上げるようにして
倒し、ベッドの脚にカントの頭をいきおいよくぶつけたかたちに
なった。
そこでカントはうずくまって喘いだかと思うと、ブレナンが
離れたところを見計らい、サンドプールの横に積んであった
衣類の山から折り畳みナイフを掴みとって開くと、
それを振り回してきた。
ブレナンは飛びのいて交わしたつもりだったが、
遅かったとみえてTシャツが切り裂かれていて、
皮膚まで掠ったようで、胸から血の線が滲んで
腹まで滴っているではないか。
そこでレイスが壁から通り抜けてきて、
カントは驚いてその姿を睨みつけたところで、
「危害を加えるつもりはないの」ジェニファーが
宥めるようにそう言って、
「助けたいと思っているのよ」そう言葉を継ぐと、
「助ける、だと?」カントは嘲るようにそう言い放つと、
「だとしたらあの方の口付けを取り戻せるとでもいうのか?」
と言い募ってきた。
ブレナンはベッドを横切ってとびかかるようにし、
ナイフを持った手首を掴み、強く引っ張って、
カントをベッドに向け突き飛ばすと
離されたナイフがマットに突き立った。
そこで再びとびかかると、カントはウォーターベッドの上で
激しく身を捩り、まるでダムが決壊したかのような水が
吹き出て、ブレナンはカントから離れたものの、
警官と隣のジェニファーは水を被って濡れネズミのような
状態になっていた。
そこでカントは再びナイフを掴み、もう片方の手で
ジェニファーを捉えて、切り裂こうとしたが、
ジェニファーが位相を変えたたため、バランスを
崩して大きくつんのめるかたちになった。
そこでブレナンが背後から忍び寄り、カントを
掴んでテレビに向けて突き飛ばすと、
派手な音を立ててブラウン管が砕け散っていた。
カントはブラウン管に沈むようなかたちで気を
失っていたが、ブレナンが引っ張ってそこから
出すと、う〜んとか唸りながら意識を取り戻した。
顔や腹に切り傷ができて血も滲んでいるようだ。
ブレナンはともあれカントの手からナイフを弾き飛ばし、
さらに脚で蹴ってすぐには取れないようにした。
それからカントの腹の上に馬乗りになったかたちで
腰を沈めると、
「口付けとは何のことだ?」そう訊ね、
もぐもぐ言いながらも、鼻から滴った血を
気にしているカントに、
「エジリィか、あの女のキスが欲しいか?」
そう被せると、
カントはいやいやをするように激しく首を振って、
まだ定まらない視線のまま、
「違う!」とそれでも強く否定してのけ、
「あんな売女のじゃない!」と重ねて否定したところに、
「それじゃ誰のだ?」ブレナンがそう言葉を被せ、
肩を掴んで揺さぶってみせると、
「ご主人さまのだよ、Ti Maliceティ・マリスの口付けだ。
甘い、そうとも甘い口付けだ」
ブレナンとジェニファーは訳も分からず視線を
交わしつつも、
「マリスとは何者だ?」
「ご主人さまだ」
そう返された言葉に、そういえばカントの首筋に
あった痣のようなものを前にも見たことがあることを
突然思い出していた。
「サーシャもそいつに使えているのか?」
カントはまだ虚ろな目のままかぶりを振っていたが、
ブレナンが頬をはたいて、
「サーシャだ。クリスタルパレスのバーテンをしていた男だ。
マリスはあの男も支配しているのか?」と重ねると、
「そうだ」ようやくそう応えたところに、
「どこにいるかわかるか?」
「知るものか!消えちまったよ!俺は置いてかれちまったんだ!」
「マリスは誰と行動を共にしているんだ?」
Mounts依り代どもだ」と答えてから、
「誰かまでは知らんさ」ともごもご言い添えたところに、
「サーシャは一緒なのか?」と被せたが、
サーシャはすすり泣き始め、話も通じなくなっていた。
Christなんてこった」ブレナンはそう悪態をつくと、
立って、カントをベッドに放り出すと、床に積まれた衣服の
中から見つけ出した手錠を使って、カントとベッドの柱を
つないでおいた。
床でぐったりしながらも、首筋の痣を摩っているカントを尻目に
ブレナンはベッド脇のナイトスタンドの上にある受話器をとると、
フォート・フリークを呼び出していた。
「マセリークだ」そう応えた声に、
「緊急事態だ、生死に関わる」そう告げると、
わずかな沈黙の後に、
「俺でよかったということかな」
慌ててはいるが平坦な声で返された言葉に、
「あんたの相棒だろう」ブレナンはそう重ね、
「まともとはいえんようだがな」
そう告げると、
驚いたとみえてまた沈黙が流れた後で、
「薬か?」そう訊いてきたマセリークに、
「俺にはわからん、自分で確かめるんだな」
会話を打ち切るよう断固としてそう応え、
「カントのアパートだ、急いだ方がいい、
それからマセリーク……」そう言葉を継ぐと、
「貸し一つだ」そう被せ、電話を切っていた。
それからジェニファーに向き直ると、
「もはやここに用はあるまい」そう告げていたのだ。