ワイルドカード7巻 7月22日 午後7時

 ジョージ・R・R・マーティン
     午後7時


  「さてどうしたものか?」
ハイラムはタキオンが落ち着いたところを
見計らってそう声をかけていた。
「公表すべきだろう」ジェイがそう言葉を
被せると、「いけません!」タキオン
顔を上げ、反射的にそう返されていた。
「本気でそんなことを考えているのですか?
アクロイド。この場合の真実は明るみに
出すべきではない類のものです」
「ハートマンはモンスターなのだろ」と
ジェイが言い返すと、
「それを私ほど心得ているものはいませんよ」
タキオンはそう言って、
「精神の坩堝に飛び込んで、内に潜む邪悪な存在を
感じたのですから。パペットマンと名乗っていましたが、
あれがどんなものかは想像もできないでしょうね」
「俺はテレパスじゃないからな」
ジェイはそう応じてから、
「だからどうだというんだ、俺はまだ隠蔽に手を
かすつもりなどないからな」と言葉を継いでいた。
「あなたはまだ理解していないのですね」
タキオンはそう言って、
「ここ二年もの間、レオ・バーネットはエースに対する人々の
恐れと不信につけこんで、ワイルドカード能力者のもたらすで
あろう暴力に対する警告を続けてきたのですからね、あなたは
それが正しかったと裏付けようとしているのですよ。それで
彼らがどうでるかは火を見るより明らかというものでは
ありませんか?」と継がれた言葉に、ジェイは肩を竦めて
応じていた。
そしてジェイは議論すること自体にうんざりとしていながらも、
「いいだろう、それじゃもし仮にバーネットが当選したところで、
ホワイトハウスに4年間も危険な右に偏ったいかれた野郎が
送り込まれるだけのことだろ、レーガンもひどいものだったが、
8年我慢しただけですんだからな」と茶化してみせたが、
タキオンはそれに取り合わず、
「あなたは私がハートマンの精神の中で見たものの半分も理解しては
いないからでしょうね。
人が殺され凌辱されるといった非道なおこないが行われるたびに、
常にその中心にパペットマンがいて糸を引いていたのですから。
もしその事実がすべて明らかにされたならば、社会的不信が高まって
50年代の迫害がおとなしく思えるような恐怖が人々の上に
覆い被さることは請け合えるでしょうね」そう応え、
「産まれていない自分の子供を手にかけて、その今際の痛みと恐怖を
味わってすらいたのですから。ジョーカーに政治家、宗教指導者までの、
愚かにも彼に触れたものはパペットにされていたのです。もしその名が
公表されたとしたら……」激した感情のまま手を振り回しながら
異星の男がそこまでまくしたてたところに、
タキオン」ハイラムが弱く、掠れた声でそう言葉を挟んでいて、
ジェイがその言葉は黒板を爪でひっかいた音を聞かされたように
痛ましいものだ、と思っていると、
「教えてくれないか?」ハイラムはそう言葉を継いでいて、
「パペット達の中に……私は……」そこで言葉につまっていた。
タキオンはいかにも口にするのが憚れるというように素早く
頷いてみせて、その頬に涙が伝ったかと思うと、
ハイラムから視線を逸らしていた。
ハイラムのひどい有様に見るに忍びないと思ったのでは
あるまいか。
そんなことを思っていると、
「実に無様極まりないはめに陥ったわけだが、
おかしくてたまらないな」ハイラムがそう言いだしていたが、
もちろんその表情は強張っていてにこりともしていない。
「ジェイ、タキオンの言う通りだろう、我々だけの胸に
納めておくべきじゃないかな」
ジェイはそこで小柄な男から大柄な男に視線を移し、
どうにも分が悪いと考えていた。
そして「好きにするがいいさ」ジェイはそう言って、
「だったらこれから俺をあてにしないことだ」
そう言葉を継いだが、タキオンは取り合わず、
「誓っていただきたいのです」そう言うと、
「どんな手を使おうともハートマンをくいとめますが、
その秘密は墓まで持っていくということを厳かに
誓わなければなりません」などと言いだしたではないか。
「おいおい勘弁してくれよ」ジェイは呻くように
そう抗議の声をあげてみたものの、暖簾に腕押しとでも
いうようにタキオンは取沙汰せず、
「ハイラム、そこのグラスをとっていただけますか」
タキオンはそう被せると、
ハイラムが飲みかけのグラスを掴んで、受取った
タキオンが残ったものをカーペットにぶちまけてから
屈んで、ブーツに仕込まれた鞘から長いナイフを抜き放つと、
目の前に掲げて見せた。
血と骨にかけて、誓わねばなりません」
タキオンはそう言うと、
目にも止まらぬ早さで、右手に持ったナイフで、左手の手首を
切り裂いて、グラスの上に傷を翳して、血液を数適そこに垂らすと、
手首を包帯代わりのレースのハンカチで縛ってから、ナイフを
ジェイに手渡したではないか。
ジェイは目を白黒させながら「おいおい、冗談だろ?」と口にしたものの、
「本気ですよ」とまじめな顔で返された。
「他のものじゃいかんのか?」と言ってみはしたが、
「血は絆を固めるものです」タキオンはそう言いだしたところで、
ハイラムが進み出てきて
「私がやりましょう」と言いだしてナイフを掴むと、亜麻の
スーツを翻すような優雅な仕草で手首を切り裂いていて、
その鋭い痛みに表情を歪めてはいたが、どうやら躊躇しての
もののようで、
「もっと深く」とタキオンが囁くように声をかけたところで、
手首に赤い線が浮きだしていた。
そこでハイラムは手首をグラスの上に翳し終え、
二人してジェイに視線を向けてきた。
ジェイが深くため息をついてみせ、
「まるでハックとトムだな、それじゃ俺は黒いジムというわけだ」
と軽口を叩いて、
「すべて終わった後には笑い話になるといいんだがな」
そう言葉を被せてから、
ナイフを受け取ると、
ともかく不承不承ことを済ますと、
タキオンはグラスを振って血潮を混ぜ、頭上に掲げて
みせながら、タキスのものと思しき詠唱を唱え始めてから、
血と骨にかけて、我はここに誓う」
そう言い終えると、顔を上げ、グラスの三分の一を一息に
飲み干すと、これで具合が悪くなるのではないか、
とジェイが思っていると、ハイラムも幾分
嫌な顔をしていたが、タキオンからグラスを受け取ると、
血と骨にかけて」そう言い添えてから、自分の分を
飲んでいた。
「タバスコかウォッカを入れていいか?」
ジェイはそう言って茶化しつつも、
グラスを受け取ると、
「だめです」とタキオンにぴしゃりと言われ、
間抜けな顔をしているに違いないと思いつつ、
「憐れなものだな」ジェイはそう零し、
「ブラッディ・マリィだったらいけるくちなんだがね」
さらにそう茶化してから、グラスを持ち上げ、
血と骨にかけて」と唱和し、
残りの血を飲み干していた。
きっと間抜けな顔をしているに違いない、と思いながら。
「わりといけるか」と強がりを口にしたところで、
「さて誓い終わったわけですが」タキオンはそう切りだすと、
「これからどうするかですが」と言い添えていた。
「私はオムニに戻らせてもらうよ」ハイラムはそう告げて、
「私はグレッグの古くからの後援者ですから、ニューヨークの
代議員たちにも些かなりと影響力はあるのではないでしょうか。
グレッグの候補擁立を阻むよう力を尽くそうかと」そう言い添えたところで、
「それがいいでしょう」タキオンはそう応え、
「デュカキスでしたら些か存じ上げておりますが」
ハイラムがそう言いかけたところで、
「デユカキスではだめです」異星の男はそう言い募り、
ジェシー・ジャクソンです、彼ならばすべての理念に
おいて合致するでしょうから、彼と話してみようかと」
そう言ってハイラムの手を握っていた。
もちろん傷を覆ったハンカチはぶらさがったままだ。
そして「できることをやるまでです、わが友よ」
などと言っている。
「それはそれでいいとして」ジェイがそう口を挟んで、
「グレッギィが大統領になるのを阻止したところで、
だったらどうだというんだ、奴の毒牙にかかった人間は
どうなる?カーヒナにクリサリス、それだけじゃない
多くの人々がいるはずだ」たまらずそう言いだすと、
Drタキオンはそれに胡乱な視線を返しつつ、
「クリサリスは含まれませんよ」などと言いだしたではないか。
「何だと?」ジェイがそう言葉を被せると、
「確かにクリサリスは脅されていましたがそれだけです」
異星の男はそう応え、
「確かにあの方とディガーに、子飼いの男がカーヒナを手に
かけるところを見せはしましたが、それ以上は何の手も
下してはいません。実際月曜にあの方が死んだことを
聞いたときは驚いていましたからね」そう継がれた言葉に、
「そんな莫迦な」ジェイはそう悪態をついてから、
「何かの間違いだろう?」と言葉を継いだが、
異星の男は怒りも露わにして、
「私はタキスのイルカザム家で正式に訓練を受けた
Psi‐Lordサイ・ロードなのですよ」そう言いおいてから、
「その私が彼の精神をとらえたのですから間違いありません」
と断言してのけた。
「やつはディガーにマッキーを差し向けてきたじゃないか?」
ジェイがそういって言い募ると、
「その一方でオーディティに命じ、証拠となるジャケットを
始末させようとして、そこであの方の死を知ったようでした、
もしそれを命じたならば何らかの隠蔽は行ったでしょうけれど
それは感じとれませんでしたからね」タキオンはそう応え、
ジェイの肩に手を置いて、
「友よ、申し訳ないですがそれが事実です」
宥める様に継がれた言葉に、
「それじゃ誰が殺したというんだ?」そう言葉を返しはしたが、
「言い争っている場合ではないのではありませんか」
ハイラムが控えめにそう口を挟んできて、
「あの女は死んだ、それがいまさら……」とまで言いだした。
「黙ってくれないか」ジェイはその言葉に被せるように
そう言い放っていた。
ケーリィ・グラントの姿から画面が切り替わり、ニュースキャスターの
姿が映し出されたのだ。
「……党大会会期中ながらまたもや悲報を告げねばなりません」
沈痛な面持ちのもとに言葉は続いていった。
「ハートマン上院議員は無事でしたが、繰り返します、上院議員
無事でした、信頼できる情報筋によれば少なくとも二人の人間が
エースの襲撃で命を落としたことは間違いないとのことです、
今最終的な確認を急いでおりますが、一人はハートマン上院議員
私服警備員アレックス・ジェームズ氏と目されており……」
そこで画面のアナウンサーの肩越しに死亡した男のものと思しき写真が
映し出されたかと思うと、
「そしてもう一人はハートマン会派の議長も務めている
カリフォルニア選出の代議員、エースのジャック・ブローン氏で
あろうとのことでした。
氏はターザンのTVシリーズで主演を務めゴールデンボーイの愛称で
広く知られており、史上最強とも噂される一方……」などと言葉が
継がれたではないか。
そして今度はガメラが切り替わってブローンの写真が映し出された。
まるで在りし日の姿とでもいった感じの色あせた写真で、
金色の光輝を身に纏い、壮絶にも見える笑顔の映し出された、
まだ若く、精気に満ちた向かうところ敵なしといった姿を
とらえた一枚だった。
「ああジャック」タキオンがそう呻いていて、
またすすり泣き始めた。
「あいつが死ぬなんて」そう零したハイラムが
怒りのあまり振り回した拳が、天井から吊り下げられた
テレビに当たっていて、
「死ぬはずがない」と激高したところで、
テレビは下に落ちて、まるで6階の高さから落ちたとでも
いうような派手な音をたて砕け散っていた。
そこに「彼の死を無駄にしてはなりませんね」
などとタキオンがありきたりな言葉を被せていて、
ハイラムの肩に手を置いて、
「行こう」と言葉を継いでいた。
二人の姿が消えた後も、ジェイはカウチに沈んだような
かたちになっていた。
脇腹も顔面も痛かったというのに、さらに今は切り裂いた
手首までじんじん痛むときたものだ。
そして口の中に血をふくんだままのような嫌な感触を
感じていた。
もはやクリサリスを殺した相手が誰かということから
どんどん離れていっているよう感じ、疲れ切っている
からか、頭もまともに働かないというのだから。
そこでポケットから痛み止めのボトルを取り出すと、
4錠取り出して口に放り込むと、タキオンの上等な
ブランディで飲み下した。
それからもう一口飲んで、
うん悪くない。
などと一人ごち、もう何口か味わったところで、
デカンターは空になった。
そこで頭が覚束なく、泳ぐような感覚を味わいつつ、
長椅子で横になったが、どうも眠れそうにない。
もしかしたら眠れるかもしれないからと己に言いきかせ、
ともかく目を閉じることにしたのだ……