ワイルドカード7巻 7月22日 午後8時

    ジョン・J・ミラー
      午後8時


長い一日の果てに、ジェニファーは
疲れ果て眠っていたが、ブレナンは
眠れずにいた。
もちろんブレナンとて疲れてはいたの
だが、頭ははっきりしたままで、休息の
必要なことがわかってはいるものの、
休めずにいたのだ。
そろりとベッドを抜け出して、夜の闇に
分け入ると、熱さはまとわりつくようで、
この時間にしては、暑苦しさが
収まっておらず、まだうろついて
いる人々でごったがえした通りに出た。
彼らも何かみつからない答えを求めて
彷徨っているのだろうか。
確かに状況を打開するかもしれない
新しい情報もでてきた。
ティ・マリスなる男が暗躍していると
いうものであり、どうやらエジリィ・
ルージュという女もその関係者といって
差し支えあるまい。
警官のカントもその忠僕とされていて、
サーシャも同じ状態におかれている
らしいが、そういえばカントは妙な
言葉を使っていた。
Mounts依り代>というやつだ。
どういう意味があるというのか?
そんなことを考えていると、ホテルから
数ブロック離れたところにある深夜営業の
ドラッグストアに人々が集まり始めて、
ブレナンもその波に乗ることにした。
いったい何が彼らの関心をひいたかは
すぐにわかった。
窓際にはテレビが置かれていて、
どうやらアトランタで行われている
党大会の喧騒を映したニュースが
流されているようだった。
ジャック・ブローンが殺害された。
そんなニュースキャスターの声が聞こえて
きたが、ブレナンは信じることができなかった。
かつてブレナンはゴールデンボーイに憧れて
いたことがあった。
強く勇敢で美しいその姿はヒーローという存在
そのものであるようにすら思えたものだった。
弱いものを守り、無力な人々に手を差し伸べる
その姿は理想そのものと重ねて考えていたが、
ゴールデン・ボーイが弱さと臆病さも兼ね備えた
生身の人間であって、友を裏切ったことを
知ったことによってその感情も薄れていった。
そしてブレナンは理想の別のかたちを求めて
軍隊に入った。
そこでブレナンは不完全な世界において
理想というものがいかに儚いものであるかを
最初に思い知らされた。
ベトナムに送られて、そこの人々を守るのでは
なく、無謀と無能の果て、欲望と愚かさに
かられ、そこを破壊することに手を貸すことに
なった。
守ると誓った人々に手を下すことになったのだ。
その苦い教訓は、ブレナンに己の感情を強く
押し殺させるようにした。
そうして人間性すらも捨て去ったかのように
思ってきたが、古き因縁は断ちがたく、常に
脳裏をよぎり、忘れ去ることも叶わず、
新たな因縁に囚われて、無視することすら
適わずにいる。
バーネットとハートマンにしたところで、
アトランタで政争を繰り広げているにすぎない。
政策を掲げ、間抜けな帽子を被り、実現しそうも
ない公約を口にし、空虚な言葉を並べたてた
ところで、ほとんどそれが実現することは
あるまい。
良さげな調子で気高い誓いをしたところで、
ハートマンもまた前例や不正といった
不完全な体制に阻まれて身動きがとれなく
なるに違いない。
バーネットにしても同じことだ。
逆にどんなに極端な悪法を押し通そうとしても
同じ轍を踏むことになるのだ。
結局は身近な人間、友人や家族を守るだけで
手一杯になる。
それぐらいならばできるというものだろう。
クリサリスを守ることはもはや手遅れだと
しても、二度と他の人間が同じ目にあうことの
ないようすることならできるのではあるまいか。
ブレナンはその考えに自嘲的に微笑みながら、
それすら所詮は御大層なおためごかしにすぎない。
そうした甘さはいずれ厳しいしっぺがえしとなって
己の身に跳ね返ってくるに違いない。
そんな思いに囚われつつテレビの画面に目を向けながら、
まだ情報がたりないと考えていた。
打てる手というものもすでになく、こうして路上で
間抜け面をさらしているのだ。
サーシャの行方も知れず、マリスとかいう謎めいた
存在と関係しているらしいと知れたところで、
フェイドアウトはクリサリスの残した情報の名残を
使ってキエンを排除することばかりに執心しているが……
いやもしかしたら、クリサリスがジョーカータウンの
全てを知り尽くしていたとしたらどうだろう。
その情報の名残とやらが、必要とする情報であると
いうこともないとはいえまい。
とはいえクリサリスのすることだ、いかに秘密を
好むとしても、巧妙に隠されているに違いないのだ。
あるいは誰かに漏らしたということはあるまいか。
誰か一人でも、クリサリスに見込まれた、けして
口外しないことを誓い、その遺産を受け取った
人間がいたとしたらどうだろう。
ならば打つ手もあるというものか。
そこまで考えて、ブレナンはホテルに戻り、少し
眠ることにした。
後ろを振り返り、後をついてきていた猫が闇に
消えていくのを見つめ微笑んでいた。
レージィ・ドラゴンを担いで利用するというのも
いい、と考えながら……