ワイルドカード7月22日 午前11時

         ジョン・J・ミラー
           午前11時


ジョーカータウンとチャイナタウンの漠然とした境界線上に
リンの骨董品店はある。
名店と称される店や高価なレストランに囲まれた場所にあり、
外から見るとそうは見えないが、中に入ると程よい格調が
保たれているようだ。
床には深い色合いの紅いカーペットが敷かれていて、照明は
抑えられていて目に優しく、店内にはショウケースが
散らばっていて、床のあちこちにも骨董が見て取れる。
衝立やらシルクの織物やら彫像に交じって、壁際に
ディスプレイされたショウケースには、キリストより
千年古いとされている殷王朝の至宝の数々が並べられて
いるではないか。
そういった品々も見事ながらもう一つ気になることがあった。
入店してからずっと視線を感じていたのだ。
どうやら販売員の女性がいて、展示品に勝るとも劣らない
美しい女性のようだった。
ブレナンが巧妙に隠された翡翠色のセンサーで囲まれた
ケースの中の美術品の数々に目を奪われていると、
ジェニファーが販売嬢の後ろに浮かんだようなかたちで
姿を現して、手ぶりで店の正面の方向を示してきた。
おそらくさっさと仕事に移れと急かしているのだろう。
そこでブレナンは販売嬢に近づいていくと、いかにも
嬉しいといった弾んだ口調で「何かお探しですか?」と
声をかけてきた。
そこでブレナンは骨董の収められたキャビネットの上に
弓入れを置いて、微笑んでみせ、
「そんなところだ……」と応え、キャビネットを示しつつ、
「このシルク織はいくらぐらいだろう?」と言葉を継ぐと、
「ああ、それはですね」女が屈みつつそう応えたが、そこで
銃を抜いて女に向けて、「すまない」と言い放ったところで、
女がいぶかしげな表情を向けてきたが、ジェニファーが壁を
すり抜けて女の背後に立ち、素早く首の後ろに手刀を当て、
意識を失った女の体をブレナンが抱き留めたところで、
「もたもたしている暇はないわよ」そうジェニファーが
言い放った。
そこでブレナンは女をそっと床に寝かせ、カウンターの
後ろに運び込んで、ジェニファーの言葉には構わず、
「奥で何が起こっている?」と言葉をかぶせると、
「ワームが事務所に来ているの、そこには中年のアジア系の
女もいたわね」
Sui Maシュー・マだ」
「誰なの?その女は」
「キエンの妹だ」ブレナンはそう応えつつ、
奥に進みながら、「正面のカギを閉めておいてくれ」
そう言い置いて、
「誰か入ってきたら面倒なことになる」そう念を押し、
弓入れから弓を出し、組み立てたところで、ジェニファーは
カギを掛け、閉店の看板も出していた。
そこでブレナンはのれんが掛けられて店と仕切られた奥の通路に
入っていくと、瀟洒な雰囲気は鳴りを潜め、荷受けや配送を
行っているらしい場所があったが、夥しい箱が積み重ねられて
いるだけで、そこには誰もいないようだった。
そこで目を凝らすと、隅の方に小さなガラスで仕切られた事務所が
あって、そこのデスクにシュー・マが腰を下ろし、ワームはその前に
立っているではないか。
フェイドアウトはシュー・マのことを話さなかったな。
ブレナンはそう思いつつ思案を巡らせていた。
シュー・マはキエンの妹にして、フィストの麻薬部門であり
チャイナタウンのストリートギャングである、イマキュレート・
イーグレッツ無垢の鷲団を率いる女だ。
それにしてもキエンの身内にしては、さほど物騒にも見えず、
むしろ奸智に長けたように見て取れる。
ブレナンは音もたてず、荷受け場に入っていくと、事務所に
可能な限り近づいて、耳を澄ますと、
「……あのお、女が死ねば、ひ、秘密は守られる」
というワームの声が聞こえてきた。
ブレナンはその言葉に刺激され、激しい怒りにかられながらも、
ドアを通り抜け、弓をワームの頭に向けていた。
突然の闖入者にシュー・マは息を飲んでいて、振り返ったワームも
驚いて胡乱な視線を向けている。
そこでブレナンはワームが、上げ底になったスーツケースのような
ものから青い粉の入った袋のようなものを取り出しているのに気づいた。
そしてデスクの上のスーツケースの隣には、そこから出したと思しき
衣類が重ねられている。
ワームにとってはパスポートのようなものにすぎんということか。
そんなことを考えていると、
「ヨーマン!」シュー・マはそう吐き捨てるように言い放ち、
甲高くも、激高した様子もないが、よく通る声で、
「あなたとフィストは協定を結んだはずですよ」そう言い添えた。
「その通りだ」ブレナンがそう応えると、
「ただしワームがクリサリスに手を出したというなら話は別だ……」
そう言葉を継ぐと、
「何を言い出すやら」シュー・マとワームが二人同時にそう
言い出した。
どうやらどちらも心当たりがないようだ。
「誰がそんなことを言い出したと?」ともあれそう切り出した
シュー・マに「たれこみがあった、といったところか……」
と応え、
「それにさっきのあれは何なんだ?殺された、だの、秘密が
守られただの、と言っていたのは?」と言葉継ぐと、
シュー・マがいかにも気まずいといった笑みを浮かべつつ、
Live for Tomorrow<ライブ・フォー・トウモロウ>の話よ」
と応え、「メロドラマのタイトルよ」と言い出したではないか。
そうしてブレナンが呆気にとられ、「メロドラマだって?」と問い返すと、
「そうなの。昨日の回で、ジャニスが自動車事故で死んだから、ジェイソンの
隠し子の件は闇に葬られたかたちになって、大手を振ってベロニカと
結婚できる、という話をしてたのよ……」
「メロドラマでか?」
「そう。ワームが何話か見逃したそうだから、渡す算段をしてたのよ」
「間違いないのか?」ブレナンはワームに向き直り、そう言葉を投げかけると、
ワームは露骨に嫌な顔を向けつつも、幾分その内に恥ずかし気な感情も
見て取れるが、まだ何かを隠しているようにも思える。
そこでブレナンが、
「あんたがメロドラマを見ていると?」そう改めて言葉を向けると、
「た、たまに、だがな……」ワームはきまり悪げにそう応えたでは
ないか。
そこでブレナンはワームの目に狙いを定め、弦を引き絞り、
「それを信じると思っているのか?正直に話す気がないなら、
ただちに蜥蜴の死体を転がすこともできるのだぞ……」
そう言い放つと、
「何を話せというんだ?」
ワームが口の間から怒気を立ち昇らせつつ答えた言葉に、
「クリサリスについてだ!」ブレナンがそう叫んで返し、
「なぜ殺さなければならなかったんだ?」そう言葉を継ぐと、
それに対しワームが怒りを吐き出し応えようとしたところで、
壁を通り抜けてジェニファーが入ってきて、「待って」と
声をかけてきて、「私に確かめさせて……」と言葉を継いでいた。
そこでブレナンが微かに弓を下ろして応じると、今度はワームは
その怒りのこもった視線をジェニファーに向けてきた。
「<ライブ・フォー・トウモロウ>を観てるのよね?」
ジェニファーはそう言うと、
「そ、そうだ!」吐き捨てるようにそう応えたワームに、
「それじゃエリカが結婚したのは?」と言葉を被せると
ワームは一瞬冷たい瞳を向けつつも、
「コルビィに間違いない。せ、先月だったかな」そう応え、
「旦那のラルフが、し、死んでいないのを知らなかったからな。
テロリストに襲われて、き、記憶を失っていたんだ……
テロリストはラルフが、タキスから来た王族で、ウィルスの治療
のため地球に来たルパート王子だと思ってたようだが、実際は……」
「もういい」ブレナンはそう言って言葉を被せると、
「それで合ってるのか?」と訊くと、ジェニファーは黙って
頷いて応じたではないか。
Christ(なんてこった)」そうぼやき、弓を下ろしつつ、嫌な予感が
膨らんでいくのを感じながらも、ワームの下した鞄に
視線を向けて、
「そいつをどこから持ってきた?」そう言い放つと、
「Havanaからだよ」と吐き捨てたワームに、
「デスクから離れてもらおうか……」
そう言葉を継いで、ワームが離れたところで、注意深く片手で持った
弓を下すと、デスクの上に置いてあったワームのパスポートを手に
とっていた。
ラプチャーハバナに持って行ったことはスタンプから確認できた。
そしてクリサリスが殺された日にキューバにいたことも間違いない
ようだ。
Damn(なんてこった)」パスポートをデスクに放り投げて、そんな
悪態までついていた。
そして収まらない怒りを持て余しつつも弓を持ち直しワームの怒りの
籠った視線に対し、視線を返しながらも、弓をつがえ、壁際に向け
放っていた。
「見てみろ」そう怒気を孕んだ声を放ちつつ、
「協定はまだ生きているということだ」
そう言い添えて事務所を出て行ったブレナンに、ワームは怒りの籠った
視線を向けつつも、矢で壁際にはりつけにされたネズミが縮んでいって、
石鹸の塊になるのを見つめていた。
レージィ・ドラゴンの差し向けたネズミに対する怒りを感じ取るかのように……