ワイルドカード7巻 7月22日 午前10時

      ジョージ・R・R・マーティン
         午前10時


呼び止められたのは、マリオット・マ―キスのロビィから
回転ドアをくぐって外に出たときだった。
「部屋の鍵を拝見させていただけませんか?」警備の人間と
思しき恰好をした黒い男がそう声をかけてきた。
言葉こそ丁寧なものの、慇懃に感じられる声だった。
ジェイは精一杯申し訳ないという表情を顔に浮かべつつも、
「持ってないんだ」と応え、
「まだチェックインできてないんでね」と言葉を継ぐと、
肩から担いだ衣装バッグに目ざとく目をつけて、
行先に立ちふさがるようにしつつ、
「満室のはずですが」と言って、
「招かれたもの以外はお通しできないこ規則になって
おりますので、IDか何かをお持ちでしょうか」
と言い出したではないか。
「泊っている人間に用があるんだ」ジェイはそう応え、
「ハイラム・ワーチェスターだよ。ニューヨーク代議員と
一緒にいるんじゃないかな」
「先方はそのことをご承知ですか?」
「実はね」ジェイはそう漏らしてしまい、
「まだ連絡がとれていないんだ」と言葉を継ぐと、
「でしたらご連絡をされることをお勧めいたします。
フロントに伝言を残しておいて、かの方から許可がでましたら
通行証をお渡しするということでいかがでしょうか?」
ジェイは口をあんぐり開けて、いたたまれない気持ちのまま
頭をかきながら、「通行証だって?そういやそんなものが
あったっけ……」
「どうかいたしましたか?」そう言って声を荒げている警備の男に、
「どこにやったっけな」とかぼそぼそ呟きつつ、ポケットに入れた
指を銃のかたちにして出そうと身構えていたところだった。
「こいつだったかな」そう言い放ち顔を上げ指を出したたところで、
サングラスをつけて、黒いスーツを着た男が二人姿を見せて
いるではないか。もちろん誰一人にこりともしていない。
「通行証はいかがいたしましたか?」男はそう言って、
「指しか見えませんよ、おかしいですね」そう言葉を継がれて、
ジェイは指を見つめつつ、男に視線を向けたが、やはり男は
三人いるのは間違いないようだった。
しかも後から出てきた男はスーツの上からも屈強な体つきである
ことが見て取れるではないか。
そこで指をポケットに戻しつつ、後ずさりすると、三人の男に
取り囲まれたかたちになって、
「いや本当なんだ、出るときはあったはずなんだがね」
そうもごもご言って、
「そういや誰かにぶつかったような、あのとき落としたかな……」
そうかろうじて言葉を継ぐと、
「そうなのか?」そう言って胡乱な顔をしている男に、
「そうだった」ジェイはそう言って指を鳴らして見せて、
「どうやら思い違いをしていたようだ。思いだしたよ。あいつの
泊っているのはHyattハイアットだ。マリオットじゃなかった。
なんて間抜けな間違いをしてしまったんだろう」そう言い放つやいなや、
背中を丸めつつ、回転ドアに転がり込んで、アトランタの7月の日差しの
下に出ていった。
連邦捜査局に睨まれでもしたような、居心地の悪さを感じながら。