ワイルドカード7巻 7月22日 午後1時

   ジョン・J・ミラー

     午後1時


  「この文字に見覚えは?」
ビールの泡のかからないよう気を使って、
置いたメモをトライポッドに見えるようにし、
そう声をかけると、トライポッドはそれに
視線を向け、「ないね」と応え、それに
ブレナンが「ならいい」と応えたところで
その話はいったん終わりになった。
昼飯どきのスッキシャーズ・ベースメントは
込み合っているが、当のスキッシャーは水槽の
中を優雅に漂っていて、ブレナンに向けて鷹揚に
手を振ったかと思うと。甲高いが良く通る金切り声で、
「よぉビッグガイ、久しぶりじゃないか。
そのお連れは誰だい?」そう声をかけてきた。
ブレナンはジェニファーに視線を向けつつ
「俺の友人だ」と応えると、
「そうかい」スキッシャーはそう返し、
「幸運な御仁ということだな」スキッシャーはそう言って、
巨大な片方の目でウィンクして、微笑んでみせると、
「こいつは店のおごりだ」そう言ってバーテンに注文を
通してくれた。
「礼を言う」ブレナンはそう言葉に出しつつも、
ここのウィスキーの質を思い出し、
「俺はビールを頼む」じっとブレナンとジェニファーを
見つめていた口のないバーテンにそう告げると、
「白ワインを」とジェニファーが言っても、まだ何か言いたげな
バーテンに、
「やっぱり私もビールでいいわ」とジェニファーが言い直すと、
喉の辺りに空いた小さな穴から漏れ出るような声で、
「ならいいんだ」と返されてきた。
「席を移ろう」
そこでブレナンはジェニファーとトライポッドにそう告げて、
「じっくり話の出来る場所がいい」そう言葉を継ぐと、
ジョッキを待って、出されたビールに、頷いて感謝を
示してから、テーブル席に移動した。
そこは店の端の方にぽつんと離れて置いてあるテーブルだった。
ブレナンはテーブルにビールを置くと、
トリポッドはストローを突っ込んでビールを飲んでから、
「それでこのメモはどこにあったんですかい?ミスターY」
と聞き直してくれた。
それからトライポッドがもう一口ビールに口をつけたところで、
これまでの経緯を説明すると、
「途方に暮れている、といったところですかね」と返されて、
「そんなところだ」と認めると、
「レージィ・ドラゴンとは別と判断なさっているのですね」
トライポッドがさらにそう被せてきた言葉に頷いて返すと、
フェイドアウトの命令で動いてはいるのだろうが、今までメモを
寄越すなんてまどろっこしいやり方はしてこなかったからな」
「なるほどね」トライポッドはそう応え、
「ちと調べてみますよ。そちらで何か掴めましたか?」
「ブラジオン、オーディティ、それにワームは除外していい」
ブレナンはそう応え、
「ダグ・モークルとクオシマンの線も薄くはあるが消えては
いない。それからまだ確証はないが、二人容疑者が増えた」
「カントね」ジェニファーがそう言葉を引き取って応え、
「エジリィ・ルージュという女を調べてたようだけれど、
黒を白といいくるめるようなおかしな報告をしてたようなの」
「そういうことだ」ブレナンがそう請け合って、
「それとサーシャだ、まだ行方をくらましたままだからな。
母親には何も知らない、と言ってたらしいが、殺しについて
何か知ってるはずだ」と言葉を継ぐと、
「それにエジリィともつながってるようなの」
ジェニファーがそう付け加え、
「その通りだ」ブレナンがそう応えると、
「カントはすぐつかまると思うの」ジェニファーはそう言って、
「フォート・フリークに探りをいれればわかると思うわ」
そう言って電話に向かったが、すぐに戻ってきて椅子に座り、
「どうもどこに行くか言ってかなかったようなの」そう言って
かぶりを振って見せた。
「やっぱりな」そう応えたトライポッドに、
ブレナンはおかしくもないといった表情で薄く微笑んでみせて、
「こいつも行方不明になる前に抑えた方がいいだろうな」と
口に出すと、
「それならフリーカーズにあたってみては」トライポッドは
そう提案し、
「お気に入りのたまり場のようですから、そこの誰かに行き先を
もらしているかもしれません」そう継いだ言葉に、
「それがいい」ブレナンはそう応え、ジェニファーに視線を向けて、
「フリーカーズを見張っていてくれないか。聞き込みまでは
しなくていい、偵察だけを頼みたい。
俺はサーシャの母親のところをもう一度あたってみよう。
あれから連絡があったかもしれないからな。
それにもし言葉を濁しても、烏賊神父の説得ならば応じると
いうこともないとは言えまい。
烏賊神父はロシアの顔役とまではいかなくとも、神父としては一目置かれて
いるだろうから」そう言葉を継いで、各々ドアに向かおうとしたところで、
スキッシャーが水槽の中から浮かび上がってきて、
金切り声で待つよう呼びかけてきた。
「壁のサインに加わってほしいんだがね」そう言って水槽の上の壁を指し示して
見せた。
雑然と色々なものが飾られていて気付かなかったが、色紙も何枚か飾られて
いるようだった。そこにはジョーカーの骨のない腕を肩に回された笑顔の
タキオンの写真に添えられたサインもあれば、緑色の染みのついたレースの
ハンカチやら、えらく場所をとって股下に布のない下着も一組かけられて
いるようだった。
そこでブレナンはポケットの中から、スペードのエースのカードを取り出して、
「これでいいかな」と訊くと、
「それがいい」スキッシャーはそう応え、
「『親友のスッキシャーへ』と書いといてくれないかな」
そう言い添えていたのだ。