ワイルドカード7巻 7月22日 午後3時

   ジョージ・R・R・マーティン
        午後3時



ドアの向こうから声が響いている。
どうやら叫んでいるようだ。
「すぐ戻ってくるかもね」
「今は相手がしていられないといっているんだ」
そう被せるように聞こえた声はハイラムのものだった。
そこでジェイが激しくドアをノックすると、音が収まった
かと思うと、中から開かれた。
うんざりといった表情でそこに顔を出した異星の男は実際
ひどい顔をしていた。
くたびれ切って、頬にはひっかき傷がついていて、
唇は裂けている。
ともあれしばし無言で佇んだ後、一歩下がって
迎え入れてくれた。
ハイラムはかぶっていた毛布をどけると、重たげに
部屋を横切ってきて、いかにもアトランタの日差しが
眩しいとばかりに胡乱な視線を向けてきた。
十代くらいの赤毛の少年に好奇心一杯の視線を向けられながら、
ジェイはカウチに腰かけていた。
衣装バッグは抱えたままだ。
そこで誰も口を開かずにいたから、ジェイから話すことにした。
「子供は外してくれないか」そうタキオンに伝えると、
「そんな」少年は抗議の声を上げたが、
「ブレーズ、行きなさい」タキオンは断固とした口調でそう告げたが、
「その扱いは不当というものでしょ」などと言いかけたが、
「どうもこうもありません、行くのです」
「ちぇ、これから面白くなりそうだったのに」
少年はそう零し、手のひらを上に向けて、肩を竦めてみせると、
「まぁ別にいいけどね、行ってくるよ」そう言って大きな音を立て
ドアを閉めて出て行った。
そこで再び沈黙が流れたが、タキオンが憤懣やるかたないといった
口調で、
「ハイラム、これはどういうことですか?」と声をかけてきて、
「血液検査をして欲しいんだ。それも今すぐにね」
タキオンは視線を向けつつも、
「何ですって?ここでですか?」と声を荒げたところに、
「茶化さないでくれないか、こっちはくたびれ果てている」
ジェイはそう応え、
「だからそんなゆとりもない、というのが正直なところなんだが」そう言って
衣装バッグを開けると、血のついた中身を取り出して見せ、
「ハートマンのジャケットで、シリアで着ていた奴だ」
そう告げると、タキオンはその血がまるではねかえるとでもいうような
嫌な顔をして、「こんなものをどこから手に入れたのです?」と言いだした。
それはどこか恐怖の滲んだ声に思えた。
ジェイはそれにため息をついてみせ、
「話せば長くなるんだがね、今はともかく時間が惜しい。
一言でいうなら、クリサリス絡みだ……これはあの人の遺したものなんだ」
そこでタキオンが神経質に咳ばらいをしてみせて、
「それで何を調べろと?」などと言ってきた。
「ゼノビールス・タキス・Aがあるかどうかだ」ジェイがそう断言してみせると、
異星の男はたじろいだ様子で、何か飲もうとふらふら探し始めた。
ジェイも同じ気分だったが、それを口にださずにいると、
「そのジャケットは見覚えがありますが」タキオンがようやく
そう口にだして、ようやく気を取り直したとでもいうように、
「どこにでもあるジャケットじゃありませんか。例え陽性の反応が出たところで
それが何だというんです?それにそんなことを誰が望むというのです……」
そう言いかけたところで、
「私もそう思ったんだがね。それではおさまりがつかないというものだ。
シリアからここまで流れてきたのも何かの縁というものだろう。
これがその上院、いやハートマンのジャケットなら、だが……」
ようやく口を開いたハイラムをタキオンは見つめながらも、
「あなたもそれを望むのですね」と訊き返してきた。
「ほかにどうしようがある?」そう応えると、
「あったらどれほどいいことか」
どうにもやりきれないという様子で、
タキオンはそう言葉を継いでいたのだ。