ワイルドカード7巻 7月22日 午後4時

       ジョン・J・ミラー

         午後4時


ミセス・スターフィンは幾分冷たく慇懃な様子で
あるものの、それでも比較的丁寧に迎えてくれた。
お茶まで勧めてくれたのだ。
それは特に新しい情報も得られず、そこから出ようと
したまさにその時だった。
突然電話が鳴って、ブレナンが手招きされ、
「あなたに電話です」そう声を掛けられた。
そこでブレナンは受話器を受け取って、耳を
澄ました。
かかってくること自体はたいして驚くべことでも
ない。
ジェニファーとトライポッドの二人のみながら、
ここにいることは知っているのだ。
やはり相手はトライポッドだった。
「ヨ−マン」トライポッドはそう言って、
「お伝えしたいことがあります」そう言葉を継いでいた。
「何だ?」いつもより口調がぞんざいだと思いながら、
ブレナンがそう言葉を返すと、
「電話ではお伝え出来ません。Sheepshead Bay
のシープスヘッド・ベイの南海岸に
あるMarina off Beaumontマリナ・オフ・ビューモントに
来て欲しいのです」と被せてきたところに、
「わかった」ブレナンはそう応え、「そこで会おう」と
言葉を添えて電話を切って、スターフィン家を後にした。
そしてひっかかったことについて考えていた。
もちろん引き留められもしなかったわけだが、トライポッドの
話し方に妙にひっかるものを感じつつも、サーシャの死体が見つかった。
とでいうことだろうか?
そういうことなら、死体の状態を見た方がいいだろうから、電話口では
話しがたい、と言ったことも説明がつくというものだろう。
そう思い定め、マリナに向かった。
ボーモント・マリナは質の高い、いかにも金持ちが乗っているといった
新しい船が停泊されていて、にわか船乗りの小舟といったものは見当たらない。
船着き場の端に一人でいるトライポッドの姿を認めつつも、ブレナンは慎重に
姿を見せないよう近づいていって、
「何があった?」そう声をかけると、
振り向いたトライポッドの顔は青あざやら傷でひどいものになっていて、
「申し訳ございません。ミスターY」トライポッドはそう言って、
「奴らに電話するよう脅されたのです」そう継がれた言葉に、
ブレナンは頷いて返した。
ツインエンジンを備えたえらく綺麗なヨットが横付けされていて、
その船体には<アジアン・プリンセス>と記されていて、そこには
歯をむき出して爬虫類を思わせる顔を笑顔のようなかたちに歪めた
ワームが立っているではないか。
その脇には二名のイマキュレート・イーグレッツと巨体のジョーカーも
いるようだ。
そしてそのジョーカーは一見普通に見えるが、妙に細い脚の上には
胴体が二つ乗っていて、その両方に腕と頭がついている。
そういえばスキッシャーの店で見かけた顔だ。
ブレナンがそんなことを考えていると、片方の頭がワームとトライポッドに
向けて「こいつだ」と叫んだと思うと、もう片方の頭も「来ると思ってたよ」と
満足げに零したではないか。
「お前の言うとおりだったな、リック」ワームは笑みを崩さないままそう応えると、
「俺はミックだ」その頭はそう返し、もう片方の頭を指さして、
「こっちがリックだ、こいつは乗り気じゃなかったがな」
「そんなことあるものか」もう片方の頭がそう言いだして、
「いいや、そうだとも、びびっちまっていたじゃないか」
「びびってなどあるものか」
「いいやビビりだ」
「おいおい」
そう漫才しかけたところで、「もういい」ワームがそう声を張り上げて止めてみせ、
「こいつが報酬だ」そう言ってリックの鼻先を掠め、ミックの手に金を握らせると、
「そいつは俺の金だ」リックがそう文句をたれだし、
「俺のだとも」ミックがそう返したところで、
「いい加減にしないか」ワームが幾分おどけた様子でそうどなってみせると、
ブレナンに視線を向けると、
「あんたはシュシュ、シュー・マの前で、は、は、恥をかかしてくれたからな」
ワームはそう言うと、
「こいつは、し、し、仕返しだ。さぁこっちに乗んな。お前もだ」
トライポッドに視線を向けてそう告げてきて、イーグレッツはブレナンに銃を
抜いて向けてきた。
もちろんブレナンに口論などする気はなく、トライポッドに従うよう、
頷いて促すと、トライポッドに続いてヨットに乗り込んだ。
「それでどうするつもりだ?」旧敵にそう訊ねると、
ワームはいかにもおかしくてたまらないという顔をして、
「ちと泳いでもらおうかと思ってね。そこをお、お、俺たちが見物して
沈むのをみ、み、見守るって寸法だ」ワームはそう言って、
重石のついた鎖を取り出すと、イーグレッツに視線を向けて、
「縛りつけろ」と叫ぶと、ワームが見ている前で、しっかり縛ってのけた。
リックとミックはまだもたもた何やら呟いているようだ。
そこでワームは更に確実にことを運ぶべく、操縦室に向かって、船を
移動させるため離れていって、ミックとリックも着いていったのか姿は見えない。
「こんなことになるとは」トライポッドがまた詫び始めたが、ブレナンの手と脚、
それにトライポッドの脚は縛られた状態でロープでくくられてはいるが、まだ
重石はつけられていないようだ。
そこでブレナンは肩を竦めてみせ
「どうしようもなかったのだからしかたあるまい」そう声をかけていた。
そうして押し込まれた船室は贅沢で金がかかったことがわかる様子で、
豪華なソファーに、厚毛の絨毯まで敷かれていて簡単なバーまであるようだ。
「何か飲めるか?」船が動き出したところでブレナンがそう声をかけると、
イーグレットの一人が笑いながら、
「たっぷり水を飲むのだから、今から飲む必要などないだろ」そう言って、
「いや笑い事じゃないか。俺だったらこの時間に泳ぐなど御免被りたいがね」
などと言い添えて悦に入っているではないか。
そこでブレナンはトライポッドに視線を向け、
「まったく同感だ」そう言うと、
「どうやら用心が足りなかったようだな」
そう言葉をついだと同時に、腕を縛ったロープを、近くにいたイーグレッツの
首にかけるようにして絞めて、気を失わせたところで、もう片方のイーグレッツが
スコッチのグラスを取りかけた手を止めて、銃に手を伸ばしたが、ブレナンは態勢を
崩し、そこに肩からぶつかっていって、床に押し倒すと、男は叫ぼうとしたが、
今度はトライポッドが頭突きを食らわせて、そいつを阻止した。
そこでブレナンは落ちた銃を縛られたままの両手で何とか拾い上げ、
叩きつけるにして引き金を引くと、男を沈黙させることができた。
もう一人の男は床に転がって呻いてはいるが、ブレナンは銃のバレルを叩きつけるように
して黙らせておいた。
これで騒ぎ立てて面倒なことになることはなくなった。
そこでトライポッドが安堵の息をついて、
「あなたなら何とかしてくれると思っていましたよ」そう言いだしたが、
「まだ安心するのは早い」ブレナンはそう応え、
ソファーにもたれかかるようにして座り込むと、
「それでも時間の猶予はできたというものか」そう言ってところで、
トライポッドは縛られていなかった三本目の脚を器用に使ってブレナンのロープを
解くと、「さてどういたしやしょう?」などと訊いたトライポッドに、
「海賊の流儀でいくとしよう」そう応え、
操舵室に忍び寄ると、ワームが舵輪を握っていて、
リックとミックはまだ何か言い争っていて、
ワームはそれに怒りをぶつけているようで、
「リックは下で何か音がしたといっているじゃないか。調べてきたらどうだ」
などと言っている。
「その必要はない」そう声をかけると、彼らは驚いた顔をして、
目の前に立って銃で狙いをつけているブレナンに視線を向けてきた。
ワームは口の端から怒りを呼気と共に吐き出していて、
リックとミックは互いを見交わしている。
「だからやめておいた方が良いと言ったんだ」ミックがそう言ったが、
リックは何も言い返さずにいるところで、ブレナンは船の位置を目で確認していた。
どうやら入り江の半ばまで進んでいて、周りには船もないようだった。
「それでは泳いでもらおうか?」ブレナンはそう言って、
銃口で海を示してみせると、しばらく迷ってはいたものの、
彼らは動くことにしたようだった。
「恵まれているというべきかな」ブレナンは面白くもないという調子でそう言って、
「重石なしで済ませてやるのだから」そう言い添えると、
ワームは何も言わず、逃げられるなら幸いと飛び込んでいて、
そこでブレナンがリックとミックに視線を向けると、
「おいおい」ミックはそう言って、
「俺は止めたんだぜ」などと言いかけたところで、
運命共同体というところかな」ブレナンがそう言って促すと、
「そうかい、とばっちりもいいところだ」と言い募ったが、
「飛ぶか死ぬかどちらを選ぶ?」ブレナンはそう言って、
「俺はどちらでも構わない」そう言葉を継ぐと、
リックとミックは互いを見交わしたかと思うと、派手な水音を立てて
飛び込んでいた。
そこでトライポッドは安堵したと見えて、
「ところでミスターY、有給がいただきたいところですがね」などと
軽口を叩いたところに、
「バカンスの前に一仕事頼みたい」ブレナンはそう言って舵輪を握ると、
「この船の買い手を探してもらわなくてはな」そう言葉を継ぐと、
トライポッドは喜色を露わにして、
「それならジャージーに心当たりがございます……」
そう応えていたのだ。