ワイルドカード7巻 7月25日 午後1時

   ジョージ・R・R・マーティン

       午後1時


      「そうかい」
ジェイは床に散らばったカードを見つめ、
「それで殺しに来たのだな」そう言葉を
継いで立ち上がろうとすると、
「こいつで動くなと伝えたはずだ」
ブレナンは数インチ右にずれていた
オートマチックの銃口をジェイに
しっかりと向け直し、制止しようとしたが、
「撃ったらどうだ?」そう言って腰を上げ、
ヨーマンをしっかりと見据えると、
「ハイラムがどんな状態だったかわかっているのか?」
そう言い返すと、
「どんな状態だろうと関係ない」と言い返され、
「お優しいことだな」そう皮肉を返すと、
「人殺しに掛ける慈悲などない」
ブレナンはそう言い切っていた。
「忘れてたよ、マザー・テレサも真っ青な人道家だな」
更にそう皮肉を重ねて、
「しかも、人殺しを憎む御立派な当人だけが銃を手に
している以上、俺にはどうしようもないからな」
更にそう言って言い募ると、
「ジェイ。ダニエル、勘弁してくれませんか」
タキオンがそう言い出して、
「文明人として振舞っていただけませんか」
そう継がれた言葉はおどけたものであったものの、
無事な手を包帯の巻かれた手の上に乗せた様子は
弱々しく沈痛な感情が見て取れるものだった。
「人殺しを守ろうとしているのだぞ」
ヨーマンは冷酷にそう言い返し、
「よく人のことを人殺しと呼べたものだな、
ダニー坊や」ジェイがそう切り返すと、
「俺のことはどうでもいい」ヨーマンもそう言い返し、
「止めてください」タキオンはそう叫び、ブレナンを見つめ、
「ダニエル。本当に間違いはないのですか?
私はハイラム・ワーチェスターという男をよく知っています。
なんせ20年来の親しい友人なのですからね。
彼は善人ですよ。
それだけじゃない、クリサリスがジョーカータウンで殺された
時にはアトランタで党大会に出ていたのですよ、不可能という
ものではありませんか」
ジェイはいたたまれない思いでハイラムをみつめながら、
「それなんだがね」気が進まないままそう切り出し、
「そうとばかりは言い切れない。俺も航空便のスケジュールを
調べてみてわかったんだが、最終便に乗って、最初の便で戻れば
気づかれずに戻ることは可能なんだ。もちろんそいつは
カーニフェックスでもブローンでもいいわけだがね」
「確かにそれはありえますね」タキオンはそう言って同意し、
「とはいっても偽名を使って移動できたとしても、目立ちは
しませんか?」
「ならば納得いくまで調べるがいい」ブレナンはそう言って、
「これだけ証拠があれば俺には充分だ」そう言い出したものだから、
「じゃ動機はどうなる?」ジェイがそう言い返すと、
「そんなことはどうでもいいというのか?
動機、それにしっかりとした証拠、それに裁判というものが
必要だろう。そんなに簡単じゃないだろ。
ダニィ・ブレナンが罪人と断定すれば、どんな気の毒な
人間でも殺していいというのか?」と言い募ると、
「証拠はある」ブレナンはそっけなくそう言い放ち、
「真実と断定するにたる確証だ」
「コートに入っていたカード一揃いだけじゃないか」
ジェイがそう言い返すと、
「私もそう思います」タキオンがそう言ってくれて、
「ハイラムが持ち帰ったという証拠もないというものでしょう」
そう言い添えてくれたが、
「キッチンのキャビネットはえらく高級な食材が詰められていた。
おそらくワーチェスターが用意したものだろう。
それに白い亜麻のカスタムメイドで、68のロングサイズのスーツを
着る人間が他のどこにいる。
そいつがクリサリスを殺したエースだ」
沈黙で室内が覆われて、ジェイが後ろを見やると、椅子の隅にちょこんと
腰を下したハイラムがいて、重力制御の力を使っていないようで、
マットを軋ませながら、青白い顔をして、肩を落とし、床に
落ちたスペードエースのカードを見つめていて、皆がその巨体のエースを
見つめていたが、タキオンがその沈黙を破り、
「ハイラム?」と優しく声をかけると、
ハイラムはようやく顔を上げ、重いためいきをついたかと思うと、
悲しく痛々しい瞳を向け返し、
「どうなさいましたか?ドクター」そう訊き返し、
「大丈夫なのですか?」タキオンがそっとそう言い添えると、
「いいえ」ハイラムはそう応え、
「ずっと気が気ではありませんでしたからね」と言い出した。
「おいおい」ジェイはそう言って、
「ハイラム、こいつに間違いだといってやったらどうだ?」
そう言い添えたが、
「そう言えたらどれほどいいことか」
ハイラムが重々しくそう告げていて、
「何を言っているのです?」タキオンが信じられずそう訊き返し、
「あなたはそれを認めるというのですか?」と言葉を継ぐと、
「ハイラムは頷き返していた。
落ち窪んだ眼を痛みで歪め、言葉につまりながらも。
「も……申し訳ないとは思っちゃいたんだ」
それを聞いてジェイが言葉につまっていると、
「説明してくださいますね」タキオンがそう言ってくれて、
「ともあれ受け入れ難い話です。あなたのような勇敢で高潔な
人がどうして」
「ティ・マリスだろ」そこでジェイがそう言って口を挟んで、
「あの野郎が、あんたの身体を操って、あんたの力を使い
やらせたんだろ」そこで一端言葉を切って、ブレナンに
向き直ると、
「あんたはわかっちゃいない。ハイラムも犠牲者なんだ。
例え手を下したとしても、道具として利用されたにすぎない」
「違うんだ、ジェイ」ハイラムがそれを遮って、そう応え、
「信じてくれるのは嬉しいが……そんな立派なものじゃなかった。
その時私は一人だったんだ。神かけて、それは言っておく」
そして再び黙りこみ、目を落ち窪ませていた。
「ハイラム、話してください」タキオンがそう言って促すと、
しばらく聞こえていないかのように無反応だったが、突然
巨漢のエースは訥々と話し始めた。
それは弱々しく聞き取りにくい声だったが、こうだった。
「口付けが必要だった」そう切り出して、
「だからニューヨークに舞い戻っていたんだ。
ジェイが言った通りだよ、最終便を利用していたんだ。
おそらく口づけがないということがどういうことなのかは
理解もできないだろうね……猛烈にそれを必要としていたんだ」
そこで一端言葉を切ってからまた語り始めた。
「密かに舞い戻って、会いにいっていた。
そこには常に、別の……依代がいた。
ティ・マリスはいつも依代に囲まれていた。
私が着いたときは、サーシャを依代にしていたんだ。
それでも私に会えたのを……喜んではくれた。
サーシャから離れて、口付けをくれはした。
そこでサーシャが私に言ったんだ。
だいぶかっかしているようだったが、
私としてはあいつからマリスを引き離したかった。
わかるだろう。
それ以上素晴らしいことは金輪際なかったのだから。
サーシャとしても私を困らせたかったんだろうな。
クリサリスが暗殺者を雇った話をしたんだ。
しかも相手はグレッグ・ハートマンだというじゃないか。
私が彼のためにいかに努めたか、そしてグレッグを
どれだけ信じて信仰に近い思いと希望まで抱いていたのを
知っていたからね。
サーシャはあの方の精神を読んで今朝知ったといっていた。
テレパスとはいっても、それほど強い力を持っているわけ
じゃないから、よほど強烈な意識を読み取ったんだろうね」
そして一呼吸置いて、
「もちろんその時はそれほど気にしちゃいなかった。
ティ・マリスが他のものに口づけを与えようが、
それは必要なことにすぎないと弁えていたからね。
それから数時間経ったところで、あの方はエジリィに口付けを
与え、一人にされたところで、ようやくサーシャの言ったことが
私の中に染み入るように理解されてきた。
それは私にはぞっとすようにおぞましく信じられない暴挙に思えた。
私がクリサリスを知っていると言っても、それはスタックド・デッキでの
わずか5か月のことにすぎない。
それでもあの人がそんなことをするとは信じられず、直接
問い質すさねばならないと思い定め、身なりを整え、
クリスタルパレスに出向くことにした」
そして唇を湿すようにしてまた語り始めた。
「事務所にいたのはクリサリス一人だった。
ソリテールに興じていた。
これは信じなければならないよ、私はあの人に何かを
するつもりなど毛頭なかったのだからね。
そこで聞いたことを話して、それが本当のことかを問い質したが、
あの人は否定しなかった。
それどころかろくに返事もしなかったんだ。
ただ少し顔を上げ、疑わし気な視線を投げかけただけで、
また手元に視線を戻し、ソリテールに関心を戻したようだった。
そう暖簾に腕押し、とはまさにああいうことだった。
いつもの取り澄ました偽りの訛り声で構わなかったんだ。
もしクリサリスが私に話してくれていたら……
グレッグについて知ったことを話してくれてさえいたら、
クリサリスもわかってくれていたのじゃないかな……
ひょっとしたら、最初は私だって信じなかったかもしれない。
それでも耳は傾けただろうとも。それなのに、嗚呼何たることか。
どうして話そうともしなかったのだろうね?」
「あんたは信用されていなかったんだよ、ハイラム」
ジェイは悲しいまでの確信と共にそう告げて、
「あの人はそういう生き方をしてきたんだ。
あんただけじゃない、誰も信用しちゃいなかったんだ」
そう言葉を継ぐと、
「私は理解してもらおうとしたのだよ……
何が重要かを……グレッグがいかに善良な男なのかを」
そこでハイラムはそう応え、自嘲的に笑い声をたててから、
「いかに勇敢に政策に取り組み、ジョーカーもエースも
隔たりなく接してきたかを、
彼こそが我々の最後の希望だったんだ。
嗚呼それなのに。
私の話すことに思いをはせるぐらいできただろうに」
そして一瞬言い淀み、
「頼みこんでいたつもりだった」涙で顔を曇らせて、
「もしサーシャの言ったことが事実なら……
やめさせたいと頼み込むつもりだった。
それなのにクリサリスはカードを触る手を止めも
しなかった。
そうして一枚、また一枚と積み上げていたんだ。
手札を整え続けていて、部屋にはその音のみが
響いていた。
まざまざと思いだすことができる。
黒の上に赤い札が置かれ、それから赤い札の上に
黒い札が置かれたときのクリサリスの顔は……
まるで髑髏のように私には思えた。
何を考えているかはわからないが、死神のように
思えたんだ。
だってそうだろう、座ったままカードを操るように、
殺し屋を雇い、思い通りに殺しをさせようとして
いたのだよ。
そんな権利がどこにある?
そう言葉を投げかけてみたものの、やはり応えなかった。
そこで私はかちんときてしまった。
声を荒げ、警察に駆けこむと言ったんだ。
そこでようやくクリサリスは顔を上げ、とんでもないことを
言い出した。
警察に行くことはない。
なぜなら私についても知っていることがある。
そう言ってティ・マリスとの係わりを口にしたんだ。
そして出て行くよう促してきた。
私はそうしなかった。
私としてはちゃんと話を聞いてくれるよう頼みこむ
つもりでいたんだ。
ところがあの人は笑い声を立て始めて、
椅子から腰を上げようとしたんだ、その時だ……
その時だった……」
ハイラムの声が消え入るように低くなっていた。
ハイラム・ワーチェスターは視線を落とし、
膝の上に乗せた両手を見つめ、右手をゆっくりと
握りしめてから、
「私としてはもう一度座らせようとするつもりだった」
ほとんどしわがれたといっていい囁き声になりながら、
「私はただ話し合いたいだけだった、それだけだった。
誓ってそれだけだった。
それなのにあの人はそこから離れようとしたんだ。
私はその態度に耐えられなくなっていて、
重力の拳で叩叩きつにしてけるよう、あの人をもう一度
椅子に座らせようとした。
もはや何度それをやったかは覚えちゃいない。
何百回だったかもしれないね……
私の能力で抑えつけるだけのつもりだった。
そうして話し合い、本当のことという奴を話して
くれることだけを願った……
刺客の名を告げてくれるものと思った。
そうしてくれれば私の手でそいつを止めることが
できるだろうと思ったんだ。
だから椅子に抑えつけておかなければならなかった、
そして話すのを待ち、耳を澄ましていた、それなのに……」
ハイラムはぐったりとして、そこで言葉を詰まらせて
しまっていた。
そして涙を流さず、静かに嗚咽していたいたのだ。
ジェイはこれ以上聞きたくはなかった。
そして思い出していたのだ。
死体を見つけたときにどんな状態だったかを。
身体の下で椅子は砕け散っていて、
あの人の骨も砕けてひどい状態になっていた。
後は想像がつくというものだ。
怒りのままにあの人に振り下ろされた拳は
どれだけの重さだったことか……
千ポンド、いや2千ポンドか?
「それだけではあるまい」ブレナンがそう口を挟み、
「あの人が死んだ後、お前はカードを拾い集め、
スペードエースのカードだけをそのまま死体の傍に
残した。
そうして俺が殺したように見せかけた。
そこからさらに考えを巡らせて、
死体が検死されれば、死因が特定され、あんたに辿り着き
かねないと思い至った。
そこで骨を砕き、家具を壊して、争った形跡を残した。
それから再度あの人の頭に力を加えて、頭蓋を砕いた。
ものすごい怪力の持ち主の仕業であるかのようにだ」
ハイラムは一気に年を取ったような様子になっていたが、
「わ……私は、逮捕されるわけにはいかなかった。
そうなれば口付けは受けられなくなるからね。
それだけじゃない。
選挙の真っただ中だったのだよ。
私はハートマンを支持しているエースの代議員で、
もしそんなことになれば、全ては台無しになる。
バーネットが候補の座を射止めてしまったら、
そう考えたら、私はパニックに陥ってしまったんだ」
そこで神経質に顎鬚を弄び、
「そんなに落ち着いたものじゃなかった……
そんなに冷たく、計算したように振舞ったわけじゃ
なかったんだ」
「だったらどうだというんだ?」ブレナンはそう言い出し、
「人を殺して、誰かになすりつけようとしたのだからな。
事故だといっても、言い逃れできるものではあるまい」
そしてハイラムの腹の真ん中に銃口を向けつつ、
「犯した罪は償わなければならない。
警察がエルモの身柄を引っ張っていったときにも、
あんたは沈黙を守っていたではないか」
ブレナンの声は平坦で落ち着きはらったものだったが、
ジェイはその声に秘められた断固とした情け容赦のない
怒りの激しさを聞き取ることができた。
ハイラムはうなだれきった様子で、
「違うんだ」もごもごと
そう口にし、低く絞り出すようにして、
「そんなつもりはなかった」と
いたたまれない様子で言葉を継いで、
「あんたが殺しにくるなら、殺されてもいいとすら思った」
そこまで聞いたところで、ジェイ・アクロイドは、
ハイラム・ワーチェスターとダニエル・ブレナンの間に
立ちはだかるように歩を進めると、
「どけ、アクロイド」ヨーマンがそう言い放ち、
「ダニエル、ジェイ、お願いですから」
タキオンが痛々しいまでの弱々しい声で
そう口を挟んできた。
座した彼の存在はこれまで完全に無視されてきたのだ。
「クリサリスの友であるのなら」ヨーマンはそう言い募り、
「どうしてクリサリスを殺した人間をかばう必要がある?」
「あれは事故だったんだ」ジェイはそう言ってとりなそうとし、
「あんたも聞いただろ。何が起こったかをね。
少しは同情の余地もあるというものだろう」
「俺が求めているのは神の慈悲なんてものではない」
ブレナンはそう言って、「正当な裁きというものだ」
そう言葉を継いだところで、
「ほうそうかい」
ジェイは露骨に軽蔑を籠めてそう言い返し、
「じゃあんたが殺した相手の妻や恋人や親にも
そんなことが言えるのか?
子供だっていたかもしれないというのに」
「命のやりとりをしている以上、当然の報いだ。
それに俺は罪もない女に手をかけはしなかった」
「クリサリスには複雑な事情があったかもしれない
じゃないか」
ジェイはそう返し、
「あんたはそう言うが、あの人の手は無垢とは
ほど遠いものだった」
「俺はクリサリスのことはよく知っている」
ブレナンもそう言い返し、
「やらねばならないことをやっていたにすぎない」
そう言葉を継がれたが、
「だから何だというんだ」ジェイもそう言い返し、
「必要と判断したから、刺客を雇ってアトランタ
送り込んだのだろうな。それで少なくとも私服警備員が
二人犠牲になったのも確かだ。
もう少しでそこにジャック・ブローンも仲間入りする
ところだった。
もちろんハイラムのやったことを擁護するつもりは
ないが、俺の基準からすれば、あんたよりは清廉潔白な
生き方をしてきたと言っていいだろう」
「ジェイ」
そこでドクター・タキオンがおぞおずと声をかけてきて、
「ブレナンの殺しは名誉に基づいたものです。
血の報いという奴ですよ、タキスの基準では……」
「窓の外はジョージアだぜ、タキスじゃない」
ジェイはそう言い返し、
「どうしてこの人殺しを擁護しなくてはならないんだい?」
そう言葉を継ぐと、
「借りがあります、命を助けてもらったのです」
タキオンはそう応えたが、
「借りというなら」ジェイは露骨に悪意を籠めてそう言い返し、
「それはそれでいいとしよう、だとしても、あんたはハイラムにも
命を助けられたはずじゃないか?覚えてないのか?
忘れてるかもしれんが、俺だってあんたを助けけているはずだよ。
そいつも考慮してほしいものだね。
助けられたといえば、あのくそったれなグレッグ・ハートマンだって
シリアであんたを助けたじゃないか。新聞で読んだよ。
タートル、ゴールデン・ボーイ、それにストレイト・アローもだ。
助けていない人間の方が少ないのじゃないかな……」
「ブレナンには二度助けてもらいました」
小柄な異星の男は消え入りそうな声でそう応え、
「その信頼を裏切ることはできません」
そう継がれた言葉を聞いたアクロイドは叫びだしたい気分に
襲われながらも、そうせずヨーマンに向きあうと、
「まぁいいさ。あんたには何の借りもないがね」
そう言って、
「だとしても、報いを受けさせたいなら、警察に突き出せば
いいじゃないか。そうすれば裁判で裁かれるというものだろう。
合理的というものだよ。それだけ報いというものに固執するなら、
あんた自身もハイラムに同行すべきじゃないか。
そして判事の前に立って、いかにあんたの聖戦とやらが正当かを
滔々と語るこったな」
「道徳観について語るつもりなどない。アクロイドよ。
それに挑発にのるつもりもない」ブレナンはそう応え、
「自分を特別扱いするつもりもなければ、最終的に裁きを受ける
覚悟もある。さぁそこをどくんだ」
そこでしばらく沈黙することになった。
ジェイはブレナンに視線を据え、ブレナンもにらみ返していて、
タキオンは双方を見比べおろおろしつつも、車椅子から立ち上がろうと
じたばたしだした、実に傷ましい姿ではあったが……
「俺の指の方が早いと思うぜ」ジェイがブレナンにそう告げると、
「その瞬間には引き金は引かれているだろう」ブレナンもそう言い返し、
「弾丸をテレポートできるかな?」そう言い募り、
「不可能に近いかもな」ジェイもそう言って認めつつ、
「その瞬間には、あんたもトゥームスの塀の向こうに
おくられていることになる」
「躊躇う余地などあると思うか?」
ブレナンは揺るぎない声でそう応えていて、
ジェイもいい加減言い返す言葉を思いつけないでいて、
ふと後ろをみると、ハイラムはベッドの端でぐったりと
座り込んでいて、虚ろな目をして、何も見ていないように
思える。
おそらくもはや現実を受け入れなくなっているのだろう。
「誰か来たようです」タキオンは穏やかともいえる声で
そう告げていて、ゆっくりと二人を見比べていて、
「壁の向こうの精神を探知しました」と告げられた。
ジェイはうんざりしつつも、予想しておくべきだったと
思いつつ、
「あんたの連れだな?」と訊き返すと、
「これで状況も変化したというものだ」ブレナンもそう言い返し、
微笑んでいて、
ジェイはワルサーの銃口を見つめつつ、指を曲げていて、
そういや銃は嫌いだった。
そいつを使う輩も含めてな……
そう想い、ブレナンの灰色の瞳を見つめ、
もはや猶予はないと思い定め、実行するしかないと思い定めた
ところだった。