ワイルドカード6巻第4章

   ウォルトン・サイモンズ
   1988年7月21日木曜
      午後10時


無事店を出ることができてほっとしたところだった・・・
口々に別れの言葉を交わし合ったが・・・アルマンドは黙ったままだった・・・
おそらく生来無口なたちなのだろう・・・
ドアを出たところでトニーはシェリーに何やら封筒のような
ものを渡している・・・
小切手かそういったものではあるまいか・・・
シェリーが手を振ってドアを閉めて・・・
スペクターとトニーが階段を下りて車に向かったところで・・・
「彼らにもまた平等な機会が与えられるべきだ、そうは思わないか?」
トニーがそういいかけたところだった・・・
son of a bitchなんてこった」その言葉は途中で悪態に代わっていた・・・
車にスプレーで
<バーネットを大統領に>というスローガンが黄色い文字ででかでかと書き込まれていたのだ・・・
口にだして指摘しはしなかったが、ハートマン支持のステッカーが
目を引いたということだろう・・・
「そういやシボレーに乗ったチンピラがいたな・・・」
「当たりだ・・」
後ろからそう声がかけられると同時に振り返ると・・・
身体に張り付いたTシャツにデニムのジーンズといった装いの男が
7人ほどいて・・・
一番大柄な男は革のジャケットを着ていて・・・
「それでもチンピラよばわりされる覚えはないぜ、どうやら礼儀というやつを
教えてやったほうがいいようだな・・・」
そういってすごんでいるときたものだ・・・
これまでこういった目に合わなかったということはないが、今回は事情が違っている、
なにしろこの連中を殺そうものならトニーにエースであるということが知られてしまう
のだ・・・
7対2では分が悪すぎるというものだが、それでもこのまま手をこまねいているという
法はあるまい・・・
そんなことを考えていると革を着た少年が拳に何か光るものをつけて一直線にトニーに
向かっていくのが視界に飛び込んできて・・・
他の連中はそれを取り囲むように動いている・・・
トニーが拳をあげたまま屈みこんだところで、スペクターはその隣に回り込んで・・・
自ら殴られるようしむけた・・・
必死だったのだ・・・
そうして拳をうけながらも・・・
俺はすぐに治るからいいが、トニーはそうじゃないからな・・・
などと言い訳じみたことをかんがえつつも・・・
他の人間はナイフも銃ももってはいないだろうとあたりをつけたところで・・・
リーダーと思しい男が大きく振りかぶったところに、その顎めがけトニーが
まっすぐに右拳を叩きこんでのけたのだ・・・
それを見て何人かひるんだようだったが、何人かはそこに群がっていって・・・
スペクターがその内の一人の喉に肘をうちこんだものの・・・
いつもと違う闘い方に勝手が掴めず歩道に倒れこむことになって、よってたかって
胃の辺りを蹴りこまれているうちに、身体を丸めて防御を固めていると・・・
その内の一人がスペクターから離れていって・・・
「ジョーカーびいきにゃ手痛いおしおきが必要だぜ」
そんな頭の悪い言葉を口にするやいなや・・・
スペクターが転がって蹴りをよけようとしたところにトニーが隣に倒れこんできた・・・
鼻と口には血が滴っていて・・・
目は閉じられている・・・
意識を失ったのだろう・・・
そうしていると革を着た男が折り畳みナイフを取り出して・・・
その刃を引き出して見せた・・・
遊びはもはやこれまでか・・・
そう考え数回瞬きをしてこいつらを片付けようとしたところだった・・・
後ろの窓の奥から銃声が響いて・・・
餓鬼どもは蜂の子を散らしたように慌てふためいて・・・
革の男はナイフを取り落としていて・・・
歩道に倒れ叫んでいるものもいる・・・
その右手を撃たれたとみえて肩と肘の間からは血がしぶいている・・・
スペクターはなんとか立ち上がり、そいつの口に蹴りを叩きこんで・・・
「黙らねぇと舌を引きずり出すぜ」そう言い放つと叫ぶのをやめたが・・・
哀れっぽいうめき声はまだ漏れ出ているようだ・・・
そうしているとアルマンドがライフルを構えて階段を下りてきた・・・
その後ろにはシェリーがついてきていて大きな手を口にあてている・・・
ティナは窓に顔をおしつけるようにして下の様子を伺っているようだ・・・
そのうち家々の玄関の灯りがつけられて・・・
人々が家から顔を出し周りに集まってきたところで・・・
スペクターは用心しつつも・・・
トニーの容態をみてとった・・
額が切れていて、前歯も何本か折れているようだ・・・
「大丈夫なの?」シェリーがトニーの貌の血をふきとりながらそう声を
かけてきた・・・
「大丈夫だと思うぜ」そう応えながらトニーの脇の下に手をまわして抱え上げ、車の後部ドアを
開けてから言葉をついだ・・・
「手を貸してくれないか、病院に連れて行ったほうがいいだろうからな」
そう言うとアルマンドがトニーの脚を掴んで後部座席に乗せるのを手伝って
くれたところで・・・
スペクターはシェリーに視線を移して言葉を継いだ・・・
「一番近い病院の場所はわかるな?」と・・・
シェリーはその言葉に頷いて応じてくれた・・・
「それじゃ助手席に乗って道を教えてくれ」
そう声をかけ、トニーの服から車の鍵をとりだしてからドアを閉め・・・
運転席に向かおうとしたところで・・・
アルマンドが腕を掴んで、何か言いたげに子供たちに視線を向けている・・・
スペクターはその様子にいたたまれないようになりながらなんとか言葉を継いだ・・・
「警察に任せた方がいいとトニーなら言うかもしれないが・・・
そんなことを言い出したら喉を切り裂いて犬の餌にしてやるまでだがね・・・」
その言葉にアルマンドの表情が変わったように感じられたが、それが笑顔かどうかまでは
判別できないものだった・・・
運転席に乗り込んで勢いよくエンジンをかけてから・・・
「シートベルトを締めてくれ、シェリー」と声をかけて自分もシートベルトを締めてから
アクセルを踏み込んだ・・・
そうして闇を切り裂くような叫びがあがったが、構うゆとりなどなかった・・・
今はそれどころではないのだから・・・