その17

ウォルトン・サイモンズ
1988年7月21日
午後7時


さすがに我慢できず手を出した・・・
スペクターの前にはサラダとラム肉のシチューが出されている
のだ・・・
Spezzatinno de Montone<モントーネ風煮込み>という
やつらしい・・・
一口食べてみると、たしかに悪くない味だ・・・
トニーはというとバターライスにチキンとアーモンドが添えられた
料理を食べているようだった・・・
それからデザートとしてStrudelシュトルーデルが切り分けられ・・・
スペクターの前に供された・・・
これだけたらふく食べたこともなければ、
これほどもてなされたこともない・・・
「だから言っただろ」
トニーはそういって呆れ返っているようだ・・・
「たしかに薦めるだけのことはあるな」
スペクターがそう言って、残りのワインを飲み干したときだった・・・
「そういやあんたが誰を支持してるか聞いてなかったな・・・」
トニーがそう訊ねてきたのだ・・・
隣に住んでいた女の子のことやバスケのことなどたわいない話ばかり
していたから油断していたといえよう・・・
そういえばトニーは学生時代にできた唯一の友人だった・・・
大抵の人間はスペクターを嫌うか無視するかしかなかったなか・・・
トニーだけはその大らかさをもって変わらずに友人でいてくれたのだ・・・
トニーはスペクターがハートマンを暗殺しようとしていることを知っている
のではなかろうか?もしそうなら取り返しがつかないことになるだろう・・・
「対立する政策はないからそこは安心してくれていい・・・」
噓はつきたくないが、かといって本当のことを話すわけにはいかないのも確かだ・・・
そこは折り合いをつけるしかあるまい・・・
トニーはそこで一端頷いて、再びフォークでシュトルーデルと格闘してから言葉を継いだ・・・
「まぁ話したくないこともあるだろうが、それじゃあんた自体はワイルドカード
感染者対策についてはどう考えているんだ?」と・・・
「ついてなかったとは思うよ・・・」そうとぼけてみたが、スペクター自身ブラッククィーンを
引いたのだから十分当事者といえよう・・・
そこで安らかに眠っていたというのに、タキオンによってこの世に引き戻され
今に至るのだ・・・
「運が悪いとばかりはいえないか、生き残った者自体少数派といえるだろうからな」
「ジョーカーが排斥されることについてはどう思う?」
トニーはそう訊ねてまっすぐにスペクターを見据えている・・・
スペクターは政治信条の話なのだから、問題にもなるまい、と割り切って応えた・・・
「だとして何ができるというんだ?」と・・・
そう訊ね返しPinot Nero

ピノ・ネロをグラスについで応えを待った・・・
「彼らの権利は守られるべきなんだ、他の人間と同じようにね・・・
そう思うからハートマンを支持しているんだよ・・・」
そこでトニーは一端言葉を切ってから言葉を継いだ・・・
「そうは思わないか?」
スペクターは首を振って応えた・・・
「思わないね、確かに回りにはジョーカーもいたが、
俺はあいつらとは違うからな・・・それに黒い肌でも
イタリア人でもない、もちろん連中自体に罪はないとしても、
それでもどこかに集めておくべきかもな、誰であろうと中身は
どうあれ、あの見た目は用心されてしかるべきだろうからな」
つい本音が口をついてでたといえる・・・
ウィルスに感染していなくとも、もともとジョーカーに対して
良い感情をもってはいないのだ・・・
トニーはナプキンをテーブルに放り出すようにしてから清算するべく
ウェイターを呼びつけていた・・・
「時間をとらせてすまなかったね」
「構わないよ」
スペクターはそう応えワインを飲み下してから続けた・・・
「気分を悪くしたのじゃないか?」
「なぁに友達のいうことだからな、多めにみるさ、
これから別の友人に会うのだが付き合ってくれるか?」
そう応えたトニーの顔には笑顔が戻っていて・・・
スペクターは断りきれないと感じながら応えていた・・・
「先にあんたのボスに紹介してくれないか?
彼に会いたいんだがね・・・」
ついに切り出してしまった・・・
スペクターが胃が痛くなるのを感じているのをよそに
トニーは明快に応えた・・・
「そうしよう」
そしてトニーは言葉を継いだ・・・
「そっちが優先なんだな」と・・・
そうとも
そして己に言い聞かせるように内心繰り返していた・・・
そいつを先にやらなきゃならないんだ、と・・・