その18

 メリンダ・M・スノッドグラス
   1988年7月21日
      午後7時


旧に復したということだろうか?
具合は悪くない・・・
赤茶けた下生えの中から屹立した
それを眺めていると笑みが零れ・・
フルールの腿を広げて・・・
勢いづいてそれに向かいながら・・・
味わい具合を確かめていると・・・
たった一つの感覚で占められている
ように思える・・・
まったき合一ともいえるその感覚は
自然と精神の境すらも曖昧にさせて
いって・・・
達する瞬間に・・・
こころを決めた・・・
ルーレットの身体に溺れた永遠とも思えた
恐怖は影を潜めて・・・
その胸を吸い・・・
その身体を貫きながらも・・・
感じるフルールの精神はガラスのような鋭さを増して
いって・・・言葉となって迸っていた・・・
「あの女と変わりはしない・・・あのSlut怨穴と・・・
Slutあばずれ・・Slut淫売・・・みだらなSlutあの女と・・・」
怨念に満ちた言葉・・・
それは38年の昔にタキオンが耳にした同じ悪意に
満ちた言葉がフルールの記憶の淵から迸って出た・・・
それはヘンリー・ヴァン・レンスラーから植えつけられた
悪意に満ちた言葉であったのだ・・・
「私を愛しているのでしょうか?」
「愛している、パパ、愛しているわ」
レオ・バーネットが口にする柔らかい響きそのままに・・・
「主にこころを開きなさい、そうすればすべての罪は許される
でしょう・・・」
迸るような痛々しいイメージとともに・・・
フルールが代議員たちをそうして篭絡していった記憶が続いて
いった・・・落ちるような記憶と・・・熱情を装った感情と
ともに・・・
行き場を失った悪意をもって・・・
母の愛人を捕らえようとしたのだ・・・
その毒を放つような身体もて・・・
まるでレオ・バーネットその人の意思を体現するかのように・・・
激しい怒りにとらわれて・・・
いっときはすべてであると思えた感情よりも・・・
その悪意の連鎖を断ち切りたいという意思が勝って・・・
身体を離していた・・・
そうして終わりを告げてから・・・
ベッドをとび出て・・・
服をかき集め・・・
その女にたたきつけろようにすると・・・
その咎めるような茶色の瞳にすえられながらも言葉を
浴びせかけていたのだ・・・
「出て行きなさい」と・・・
「私のこころを読んだのですね」
「そうです」
「私のこころに踏み入ってしまったのですね」
「そうです・・・」
フルールは服をかき集めて・・・
内にその身を押し込むように・・・
身体を詰め込むようして・・・
もつれた髪を梳かしてから・・・
ドアの前で立ち止まって・・・
振り返り激しい視線とともに言葉を搾り出してきた・・・
「目的ははたしました・・・
あなたを党大会から引き離せばよかったのですから・・・」
「ずっとそうしてきたのですね・・・」
過去を清算するかのように言葉を浴びせていた・・・
「ジャックの言った通りでした・・・
あなたは母親とは違うのですね・・・
あなたはSlut淫売なのですね」と・・・
そこでフルールはドアをぴしゃりとしめて出て行ってしまった・・・
空調が効きすぎて薄ら寒くすら思いながら・・・
酒に手を出すことにして・・・
早鐘のようになったこころを鎮めるべく・・・
グラスを唇のところに運んだところで・・・
バタンと激しい音とともに扉が開かれた・・・
驚きに・・・
飲みかけたブランディを喉から腹に滴らせて・・・
「理想の名に懸けて(誰ですか)」と声を上げていた・・・
「誰だと思った?」
ポリアコフが昂ぶったままのタキオンに冷たい瞳を向けながら
たっていた・・・
そのロシア人の瞳を見つめながらも、この男は自分の下のことなどに
何の関心ももちあわせていないことに思い至った・・・
「まだ頭に血は戻っていないか?
大事な話があるのだがな・・・」
「愉快な話かな・・・」
そこでドレッサーのところまでいって別の瓶を取り出して、それに
口をつけた・・・
するといつのまにかブレーズが脚を組んでベッドに腰掛けていて・・・
タキオンに見下すような視線を向けている・・・
一方ジョージはというと部屋の真ん中で突っ立ったままでいる・・・
「それで、どんな重大な問題があるというんだ?」
「逮捕されたんだ」
「何ですって?」
タクはとぐろをまいた蛇がかな首を上げるようにゆっくりと
顔を上げて声を上げていた・・・
「たいしたことじゃない」
幾分鼻声でブレーズは応えたが・・・
「どこがだ、ジョーカーにKKKとネオナチを一編に操ってみせた
じゃないか・・・」
とポリアコフが言葉を重ねてきた・・・
タクが鼻息の荒いポニーのように首を振って応じると・・・
「まったくそしらぬ顔でこいつはそれをやってのけたんだぜ」
そこで二人の間に妙な感情の立ち上ったのを感じたタキオンは、
テレパシーで探りをいれてみたが・・・
鋭く尖った感情の名残が感じられたのみだった・・・
疑念とでもいえばいいだろうか?
「腰のものを放り出して莫迦のようにつったっていて・・・
そこをジョーカーが・・・」
「聞きたくありません」
タキオンの怒りとポリアコフの冷たい声に少年は気圧された様子で
顔を紅くしている・・・
「若気の至りというやつかな・・・
Super powered Caligra魔法沙汰はこの際たいしたことじゃない、
問題はヘンリー・チェイキンだ・・・」
「気になりますね、理想の名にかけて、そのヘンリー・チェイキンと
いうのは何者なのですか?」
AP通信の海外レポーターで、俺がVictor Demynovヴィクター・デミコフ
であることを知っていたんだ、Taasソビエト国営通信社)にいたんだろうな・・・」
「血と祖先の名にかけて(なんてことでしょう)」
タキオンは崩れ落ちるように力なくベッドに座り込んで
応えていた・・・
「それで警察の世話になったと・・・」
そこでタキオンは孫の精神に飛び込んでその記憶を
探っていた・・・
ピードモントパークの路地裏で・・・
屋台の幌の下で、テニスシューズでついた足跡を見つめている
イメージに・・・
小さなその絵面に・・・汗臭い男たちが群がってきて・・・
連中は興奮したように口を広げて・・・目は爛々と輝いて・・・
ジョージの庇うような手を引き離そうとしていた・・・
「おやおや、金をせびった相手が、ジョーカーじゃないと
知っても手を出してきたというのかね・・・」
4分の1タキス人である少年が探った精神にたまたま激しやすい
警官のものがあったということか・・・
「そいつはジョーカーを助けようとしたのじゃなくて・・・
ジョーカーを嫌っていたんだ、頭の中に入ってわかったんだよ・・・」
「そこに警官の一団も合流して人数が多くなって、コントロールしきれ
なくなったと・・・」
タキオンが読みきれなかったあたりをポリアコフが補足してくれた・・・
タキオンは冷たい手で掴まれたように背筋が寒くなるのを感じながらその
話を聞いていた・・・
結局ブレーズは9人を同時にコントロールしてのけたのだ・・・
タキオンでさえせいぜい3人をコントロールするのがやっとだというのにだ・・・
おそらくそれでも精神と肉体に相当の負担があるに違いない・・・
9人とは・・・しかもまだ13歳というのにだ・・・
タキオンが訓練していることを鑑みてもこれは・・・
そう考えたところで少年の気まずい表情に視線が合った・・・
「チェイキンは初めはただなんとなく一連の流れを眺めていたようで・・・
俺を見てもなんとも思ってなかったようだが・・・
そのときは名前を変えたことまでは知られちゃいなかったんだがね・・・
そううまくことは運ばなかった・・・」
「あなたの素性が知れてしまったんですね・・・」
「写真が残っていて調べられちまったというわけさ・・・」
そこまで話してポリアコフは芝居じみた様子で肩を竦めてみせた・・・
「あなたはここを出た方がいいということなのですね、アメリカからも
出たほうがいいのでしょうね・・・旅費が足りないというなら用立てま
しょう・・・」
「いや、ここを離れる気はないよ、まだやることが残っているからな」
「どうするつもりなのですか?」
「俺のことはかまわなくていいさ、俺がそうすることはあんたにゃ
わかっているだろう、俺たちは似たもの同士だからな、名誉の問題と
いうやつさ、血の問題といってもいいだろうな・・・」
そこでロシアのこの男とブレーズは何かきまずいような様子で互いを
見交わしあっている・・・タキオンに何か隠し通しているのだろう・・・
「ブレーズを利用することは、許しませんよ・・・」
そこでほんのわずかにポリアコフは眉をゆがめて・・・
その唇が動いて自嘲ともとれる笑みをかたちづくった・・・
「ジョージおじさんが望むなら何でもするよ・・・」
そう口を挟んだブレーズの声は甲高いものだった・・・
「あなたを殺しておくべきでしたね」
そのロシア人に視線を据えたままタキオンがそう言い放つと・・・
「私は敵じゃないのだよ、ダンサー、敵はほかにいる・・・」
ロシア人はそういってその太った人差し指で天井を指し示した・・・
そこには7階上にハートマンのスイートがあるというのに・・・