その15

      ウォルトン・サイモンズ
       1988年7月21日
         午後6時


北高速は渋滞している聞いていたが・・・
トニーはどんな違法な手を使ったのかなんなく
すり抜けたかのように姿を現した・・・
それはそれとして・・・
とスペクターは思う・・・
食事はマリオットでなくてよかった、と・・・
ホテルから離れれば離れるほど顔なじみに出くわす
ことも少なくなるだろうから・・・
トニーは品のよい濃紺のスーツを着ていて・・・
実にタイがよく似合っている・・・
一方スペクターはといえばグレイのスーツで・・
おそらくあの店の匂いがまだ染み付いているに
違いないだろう・・・
「でどこに行くんだ?」
スペクターがそう訊ねると・・・
LaGrottaラグロッタさ」
すたすたと2斜線ある道路を横切ってピーチツリーに
入りながらトニーはそう応えて・・・、
「無事に辿りつけたなら・・・
気に入ることは請合うよ・・・
この街一番のイタリアンレストランだ、
いやニューヨークにもこれだけの店は
ないだろう、しかし引っ張り出して悪かったかな・・・」
「いや構わんさ、それよりあんたの方が忙しいのじゃ

ないか?」
「随分久しぶりだからな・・・こっちを優先するさ・・」
トニーは笑ってそう応えてくれた・・・
その笑顔は女ならたちどころに参ってしまうと思えるもの
だった・・・
スペクターが昔知ってたこの男はそんな魅力とは無縁な
堅物だったというのに・・・
「でなんでハートマンに肩入れしてるんだ?」
スペクターは質問に答えさせることでこっちへの疑問を
そらせることにした・・・
するとトニーは肩を竦めて・・・
「別に信じられなくとも不思議はないだろうね、色々
あったんだ・・・
ロウスクールには借金をしてようやく行けたもんだったがね・・・
地方議会の仕事を何度か請け負って・・・
何度か勝つ方についてるうちに、グレッグの支持基盤から
目をかけられることになって今に至るというわけさ・・・
俺はEthnicエスニックなんだが、それは気にもされなかったな・・・」
「それはあんたの人柄がいいからだよ・・・変わらないな・・・
しかしその羽振りなら女にももてるんじゃないのか?」
スペクターもつい表情が綻ぶのを感じながら言葉を継いでいた・・・
「あんたなら身持ちの固い旧教の女でもたちどころに服を
脱がせてしまうのではないか・・・」
「神から与えられたものをいかさないのは罪というものかな」
そこでトニーはひとさし指を立てて声を潜めて囁いた・・・
「とはいえ身を謹んでその罪には触れないようにしているんだよ」
「その方がいいだろうな」
スペクターはそう応えながらもトニーの後ろにちらりと視線を
向けると・・・
灰色の空に雨雲が集まっていて、じき雨になりそうだ・・・
「急がないとずぶ濡れになるぜ・・・」
「あそこならハドソン河からティーネックまで泳いでずぶ濡れに
なったところでいく価値はあるだろうな・・・」
そしてトニーはスペクターに視線をすえたまま指を立てて言葉を継いだ・・
「間違いない」自信たっぷりにトニーがそういいきったところで雷が
鳴り始めたのを耳にして・・・
「信じるよ」とスペクターはそう応じながらも願わずにはいられなかった・・・
あんたを利用するだけにはならなければいいのだが。と・・・