その14

     ウォルター・ジョン・ウィリアムズ
        1988年7月21日
           午後6時


アラバマに星落ちて」が演奏されているのを耳にした
ジャックは・・・
政治くささが鼻についてならないと思いつつも・・・
11回も投票が行われたような状況では仕方ないか・・・
とも思えた・・・
その気だるい調子は疲れきった代議員たちに相応しいもの
とも思えるし・・・
それに7回も乱闘騒ぎがあったのだから、この歌が血気盛んな
連中を静めてくれるならそれもいいだろうとも思える・・・
実際ジャクソン支持の代議員とハートマン支持の代議員の乱闘も
あって、フロアマネージャーの指示で双方追い出されてそこで
手打ちになったという話もあるのだ・・・
あきれはてないほうがどうかしているというものだろう・・・
そうして人ごみを離れ、ロドリゲスを探しあて声をかけると・・・
「ハートマンなら磐石というものだろ・・・」といってきた・・・
「そうだな」
「第一カリフォルニアの地盤からも票が流れ込むだろうから・・」
そう応えるのを聞きながらも顔に汗が滴るのを感じる・・・
シャツにも染みができているに違いない・・・
エアコンがきいていないのではなかろうか・・・
「晩飯のあとでも、人を集めて対策をしたほうがよさそうだな・・・
9時に全員出席でどうだろう・・・」
そう提案すると、ロドリゲスは不思議そうに見上げて応えてきた・・・
「何の対策だ?」
「そうだな・・・色々あるだろう・・・
頭数を確認して、他の陣営に流れないよう囲い込む効果もあるだろうな」
そういうとロドリゲスは下卑た笑みと共に言葉を返してきた・・・
「そうして婦人方ばかり集めた後にはどうするんだ?
ベッドにでもしけこむか?」
「それもありかもな」
その応えにロドリゲスが真顔になったのを見て
慌てて言い繕うことになった・・・
「つまりだな・・・味方のリストをつくって
IDの確認をして他陣営の人間と接触しないよう
監視する必要があるといっているんだ・・・」
ロドリゲスは心底驚いたという顔をして訪ね返してきた・・・
「おいおい出入りの娼婦全員にIDを出させるのか?
名前だけでいいのじゃないかな?」
「それでもやらないよりいいだろうな」
そうして怒りを噛み潰しながら説明することにした・・・
「バーネット陣営がどうも切り崩しをはかっているようなんだ」
そうして声を低くして噛んで含めるよう言葉を継いだ・・・
「どうもタキオンがその毒牙にかかっているらしい」
ロドリゲスは面食らいながらも・・・
「わかった」と応え・・・
「そうしよう」と言ってくれた・・・
ジム・ライト辺りは党大会が早く閉会したと胸を撫で下ろしていた
ところだろうか・・・
メディアにしてみればゴールデンタイムに流すネタをまだ躍起に
なって探しているに違いないのだ・・・
ジャックにしたところで叫んで飛び出して生きたい気持ちを
抑えかねている・・・
あまりにも長くかかりすぎているのだ・・・
二日に及ぶBalloting信任投票のあとに二日に及んだprocedural fight
政治闘争に忙殺された・・・
おまけにジョージアのこの暑さときたものだ・・・
それだけじゃない・・・
フルール・ヴァン・レンスラーがどういう手管を切り出したものか
タキオンを篭絡してのけたおかげで・・・
ジャックがマスコミ対策に追われる羽目になったのだ・・・
コニー・チャンならこんな風に馬脚を現すことはあるまいに・・・
そんなことを考えながらベロ・モンドに入ってようやく落ち着いた
ところだったのだ・・・
もはやここで夕食をとるのは日課になっていて・・・
ここのところは女と同衾するのもご無沙汰となっている・・・
部屋のデスクにはボビィ(ロバート・ロドリゲス)からの事務的な
メッセージだけが残されていて・・・
艶っぽいものはなく・・・
シャワーを浴び、着替えをして嫌々ながらガラス張りの
エレベーターに身を押し込んでようやくベロ・モンドに
辿り着いたのだ・・・
ウェイターとは顔見知りになっていて・・・
頼む前からダブルのウィスキーが運ばれてきたが・・・
いつもどおりなのはそこまでだった・・・
差し向かいの席に・・・
さも当然といった顔をして・・・
あのセイラ・モーゲンスターンが腰を下ろして・・・
とられるのをおそれているかのように肩から掛けたバッグを
掴んでこちらに視線を向けてきて・・・
「相席よろしいでしょうか?」と声をかけてきたのだ・・・
見たところ青と白といった取り合わせのパーティドレスで
着飾ってはいるものの・・・
白髪交じりの金髪はばさばさで何よりも目が落ち窪んで
見える・・・
「できればご遠慮願いたいのだがね、セイラ」
ジャックがそう切り出したものの・・・
「煙草を一本いただけませんこと?
あたし・・やっぱりおかしくなってるのね・・・
人が、殺されるところを見たものだから・・・」
「あそこにいたのか?」
応えずにキャメルを一本抜き取った・・・
その手はやはり震えているようだ・・・
「あれはエースだった・・・」
セイラはそこで一息置いてから言葉を継いだ・・・
「捩れた身体をした子供みたいな男が・・・
リッキィを切り裂いた・・・あたしの目の前で・・・」
係わり合いになるべきじゃないと思いながら・・・
「セイラ・・・」と声をかけると・・・
見上げた顔と視線が合った・・・
目のところできつい化粧が涙で滲んでいるのが見て取れる・・・
おそらく、眠れていないのを隠そうと苦闘した跡だろう・・・
「だから・・・」
セイラは無理矢理笑顔のような表情をつくって言葉を搾り出した・・・
「一人になりたくないの・・・」と・・・
ジャックは返事のできないままジャケットからライターを取り出して、
セイラの咥えた煙草に火を点けて・・・
一息吸い込んだところでいきなりたまらない、といったばかりに
激しく咳き込み始めたのだ・・・
その表情は泣き笑いのように見える・・・
Jesus(ああひどい)」セイラはそう悪態をついてから言葉を継いだ・・・
「なんなのこれ?」
「そういや俺は軍隊で煙草をおぼえたもんだったが、あんたは?」
Carltonsカールトン
の大学で一度ためしたけれど、それっきりだったわね」
そしてまるで敵か何かのように
忌々しげに切れ端を放り投げている・・・
「何か飲むかい、何もたべちぃないのだろ?」
ジャックはそういってウェイターを呼び止めながら・・・
放っておけもしないか・・・
と考え始めていた・・・
数時間か・・・一晩ならばつきあってもいいか・・・
どうせ今夜は予定はないのだから、と・・・
そうしてセイラに視線を向けながら内心ぼやかずにはいられなかった・・・
まったくとんだとばっちりだ、と・・・