その25

      ウォルター・ジョン・ウィリアムズ
           午後9時


「ここに立てるということは役得といえるかもしれませんね」
ジェシー・ジャクソンがそう言っていて、
「それもすべて多くの無辜の人々の血と汗の賜物と言ってよい
のかもしれません……」
そう言葉を添えた白い大きな演壇に立つこの男の姿はあくまで
ジャックの所感にすぎないながら、小柄に思えるものの、
その声は雄弁に響いて、人々も黙って聞き入っているようの
思える。
たとえジャクソンに対して好意を抱いていない者であろうとも、
彼の話す言葉が重要なものであろうことは心得ているという
ことではあるまいか。
「今は亡き人々によって勝ち取られた、後の人々に託す遺産に
よって私はここに立つことができたのではないでしょうか。
祖父や祖母たちの勇気、忍耐、労苦の果てに、
祈りは聞き届けられるという証として……
それは無駄ではなく、希望というものはとこしえなるものなのだ
という証としてここにいるのかもしれません……」
今は亡き人々という言葉に、ジャックはアールのことを思い出していた。
フライトジャケットを身に着けて、スピーカーからバリトンの声を
響かせていたじゃないか。
まるで数年前のことのようだ。
ジャックがそう考えていると、
アメリカを毛布に喩えるなら、色も生地も織り方すら異なった布
であるといえるのではないでしょうか……
私は南カロライナのグリーンヴィルで子供時代を過ごしましたが、
祖母は毛布を持つ余裕はなくとも、不平も言う必要もなく凍えること
もなかったのは、
毛布はなくとも羊毛ウールにシルク、キャバジンに黄麻袋といった布の
パッチワークである服を着ていて、
それはかろうじて靴を拭けるような代物に思われるかもしれませんが、
頑丈な腕でしっかりと縫い合わされたキルトとなっていて、
美しさと頑丈さに文化すらも感じられるものでした。
民主党はそういったキルトを目指すべきではないでしょうか。
農夫たちもまた正当な報酬を求める権利がある。
それは彼らだけではありませんし、それほど大きくないにせよパッチ
ワークに含まれる人々には、労働者たちにも正当な賃金を求める権利
があるでしょうし、ジョーカーたちにも公正な扱い、公民権、そして
医療を受けることに対してもナィーブになる向きのあることは心得て
おりますが、そういった方々は我々のパッチワークが彼らを含める
充分な大きさはないとでもおっしゃるのでしょうか?」
そこでジャックはかつてルイス・B・メイヤーから声の出し方や
言い回しの講義を受けたことを思い出していた。
ジャックは強く人々を引き付ける話し方というものを学んだことに
よって、ジャクソンやバーネットといった伝道師が話す抑揚やリズムが
ある種の言葉を強調する技術であり、長い言い回しが人々を緩やかな
トランス状態にして、伝道師の伝えるメッセージを強く印象づけるもの
であることを彼から学んだのだった。
そこでジャックはふと考えていた。
ここにバーネットがいたとしたらどんな効果が期待できるだろうか、と。
まばゆいイメージと共に魅惑的なリズムで語られるのではあるまいか?
「絶望することはないのです」そんな考えをよそにジャクソンの演説は
続いている。
「祖母に学ぼうではありませんか?共通の認識によるパッチワークを
実現することができれば、強い素地を兼ね備えた連帯のキルトを
紡ぎあげられるに違いありません、それによって我々は共に医療に住居、
仕事に教育を得るだけではなく、希望をもまた得るのでないでしょうか?
この党大会において、私は赤に黄色、茶色に黒、そして白で彩られた
この国のかたちというものを目にしました。
それこそが我々の国を構成するキルトのパッチワークであり、虹の連合
と言えるのではないでしょうか?
まだ我々はその段階には至っていないかもしれないし、まだそれほど強く
結びつけられていないかもしれませんし、我々の連帯という強いパッチ
ワークはまだ成し遂げられておらず、レーガノミクスの長く冷たい夜を
耐え忍んでいるのかもしれない……
ここで私は希望と虹の連合を象徴する名を皆様にお伝えしようと考えて
いるのです……」
そう叫んだ声に、代議員や、ジェシーの支持者たちの間からもざわめきが
広がっているようで、彼らもその内容が初耳であることを物語っている
ようだった。
「祖先がアメリカに来たのは移民の船ででした……」
ジャクソンはそこで一旦切ってから言葉を継いでいた・・・
「ついさっきのことながら私の傍に立っていて大怪我を負った御仁が
おられます。
彼がこの星に来たのは宇宙船であり、私の祖先は奴隷船でこの国に
着いたのかもしれませんが、乗ってきた船は違えど、今は同じボートに
乗っているといって差し支えないのではないでしょうか?」
キルトからボートに話が移ったところで拍手と口笛が響きわたり……
人びとがざわめくなか……
「そんなジェシーあなたは」と彼を見上げているイリノイの代議員の
女性が声を上げたが、
「我々のボートは脅かされ沈没の危険を迎えているかもしれませんが、」
ジャクソンは構わず言葉を継いでいた。
「このボートには保守的な方々も革新的な方々も乗っていますが、右に
寄りすぎても左に寄りすぎても、このボートはひっくり返ってしまう
ことでしょう……
我々の民主党というボートを沈むことなく安全に港に着けるため、
今宵私はこの党大会をより安定した権威のあるものに高めるであろう
男の名を皆様にお伝えすることにいたしました。
その男なら己をすり減らすような状況においても挑戦をやめず、
大衆を先導するという誘惑にも屈せず、
鋼鉄の意思をもって、速やかに人々を最悪の状況から救い出すで
あろうと……
その卓見は地平を広げ、粘り強く公共の福祉を求めていくだろうと、
私は判断したのです……」
ジャクソンはそこで言葉を切って、遠くを見渡すといった視線で会場を
見つめ、演壇を強く掴みながら新たな王を示すという新しい役割を人々に
印象づけるようにして、
「この党大会の団結をより強めるべく、次の4年間我々を沈むことなく
導く新しい船長の名を皆様に御伝えいたしましょう……」
己の心臓の音すら響くような沈黙のなかで、
上院議員!」ジャクソンはそこで一呼吸おいて、
グレッグが隣のロドリゲスに縋るような視線を向けていると、
「グレッグ!」ロドリゲスはジャクソンの次の言葉と唱和するようにして
その名を口にして、
振り返ったその瞳には愉悦を滲ませて、
「ハートマン!」と共に叫んでいた。
ジャックとジェシーすらも、そしてそれを取り囲む人々も突然巻き起こった
狂乱に包まれていたのだった。
グレッグ・ハートマンという名を冠した狂乱に……