その20

    スティーブン・リー
      午後5時


ジェシーの手を取ると、
パペットマンはがっつくようにして開いた
その精神に飛び込んでいた。
何と味わい深い精神だろうか……
痛みと恐怖に染めあげられたオレンジがかった
赤に彩られているのだ。
もちろんグレッグはどうしてそうなっているか
心得ている。
実際ジャクソンはジャケットを着替えておらず、
タキオンの血が飛び散ったままになっていて、
それには良心の呵責というものを感じないでも
ないわけで、パペットマン自体が内からその
後ろめたさを嘲りつつ啄んでいるのだ。
「師父、あんなことがあった後に、こうしてお会い
していただけたことに感謝申し上げたい。
それでタキオンは大丈夫なのでしょうか?」
「危ない状況でしたが、一命はとりとめましたよ、
手を縫い合わせるにはダメージが大きすぎると医者は
言っていましたが……」
そこでジャクソンは表情を曇らせ、長い溜息をつくように
してから言葉を継いでいた。
「恐ろしい体験でしたよ、上院議員……背筋が寒くなる
ようななんとも恐ろしい目に会ったものです、こんな思いを
したのはキング牧師が暗殺されたあのとき以来でしょうか……」
そこでパペットマンを使ってジャクソンの感情を注意深く
観察してみたが、激しい恐怖に彩られていはしても、それは
グレッグに対してではないようだ、ということはタキオン
まだパペットマンの存在をこの男に話していないということか。
それならば何の問題もないということだな、マッキィはしくじったにしても……
黄土がかった黄色の微かな嫌悪がグレッグに向けられたことも
あったが、パペットマンが難なく宥めて、尊敬の念で塗り込め、
共通の関心に注意を向けさせていた・・・
「嫌なことを思い出させてしまったようですね、申し訳ありませんでした、
師父」そう声をかけてみせ、
「どうぞお掛けください、秘書に命じて、あなたのスタッフと連絡をとって
着替えを用意させましょう・・・それまで何か飲んではいかがでしょう?」
ジャクソンは手を振る仕草で断ってみせてから、椅子を掴み腰を下ろしていて、
グレッグがその差し向かいに腰かけると、ジャクソンは両手で顔を覆っていて、
口ごもった様子でいるのを見て取って……
「こんなことを申し上げるのは不謹慎というものかもしれませんが……」
とグレッグが口火を切って、
「あんなことがあったからこそです、だからこそ暴力の連鎖を断ち切ること
が必要とされているのではありませんか?それこそがブッシュに対抗する
キャンペーンになるというものでしょうから……」
と応えると、
「仰ることはわかりますがね、上院議員、こちらとしても応じるのにやぶさか
ではないということは理解していただきたいところながら……」
ジャクソンはようやくあの惨劇のトラウマから立ち直ったようで、寛いだ様子で、
脚を腰を組んで腰を下ろしていて、膝頭にその大きな手を添えているが、
ジャケットには黒い染みが滲んでいて、現実感を伴わないながら不気味な存在感を
醸し出してはいても……見たところ冷静で落ち着いていて、むしろ関心を示して
いないようにも思えるが、内に潜んだパペットマンは突然蒼い光が稲光の如く明るく
激しく輝いたのを見て取っていて、実は強く望んでいることを感じ取っている前で、
「私の支援者たちはタキオンと手を取り合っていて、断る心づもりでいるようですが
私は虹の連合を実現しければななりませんからね……」
ジャクソンはそこで言葉を切って言葉を継いでいた。
「勝てるかもしれないでは駄目なのですよ、上院議員、勝たなくてはならないのです」と。
「ドクター・タキオンと私は20年近く友人としてうまくやってきたというのに……」
そこで一旦言葉を切ってから、
「あの男はプライドが高く頑固でね、あんなことをすれば私とあなたで票が割れて、
バーネットの一人勝ちを許すだけだというのに……
だってそうでしょう、私が大統領候補に指名されなければ、あなたとて浮かばれる
ことはないことぐらい誰でもわかるというものでしょう。
私でなければ、レオ・バーネットが指名されてしまうというものです。
つい先ほどタキオンが襲われたこととてある種の脅しとしてレオ・バーネットの立場を
強めたということでしょうからね……」そう吐き出すように呟いた言葉に、
ジャクソンが露骨に苛立っているのをパペットマンは感じている。
ジャクソンは党内の最も左寄りと目される理想主義者で、それに対しバーネットはいわば
最右翼ともいえる存在で、同じ牧師ながら歩み寄る意思など毛頭ないということか。
そうした苛立ちの感情をパペットマンに委ね、明白な悪意にまで高めさせながら、
「師父はどうしてタキオンがあなたのもとに走ったかご存知ですか?」と水を向け、  
タキオンの裏切りを知った私の支援者たちはそのわけをマスコミに流そうとしましたが、
私がそれを止めたのですよ、20年に及ぶタキィとの親交への手向けとでも申しましょうか。
あまり誇れたものではない話ですからね……
数日前のことながら、あのドクターはバーネットの選挙参謀の一人と関係を持ったのです、
フルール・ヴァン・レンスラーですよ……
どちらから誘いかけたかなんてことまでは知る由もないことですし、それはたいして重要
ではないことでしょうがね……
何にせよ私がそのことを指摘すると、『あなたには関係ない話です』と取り付く島もあり
ませんでしたから……とはいえ痛いところをついたのは間違いないでしょうね……」
口を濁し、いかにも気が進まないといった貌をして、
「何にせよ言いすぎてしまったということだと思うのだけれど、そこで会話は途切れて
しまって後味の悪いものとなったまま、タキオンは出て行ってしまった。
それから何の前触れもなしに、私への協力を打ち切ったという話を聞くことになったの
だからね・・・」グレッグはそこで悲し気に微笑んで見せ、
「あの男がなんであなたに縋ったかというと、勿論違いはあるにせよ、あなたの主義が
私の主義に極めて似通っているからじゃないかと思うのですよ……
あらゆる差別や悪意というものに断固として反対する立場をとっているのですからね。
実際うまくやっていけると思いますよ、共に党の方針を勝ち取る闘いに手を携えること
ができるのではありませんか?何せ我々の理想はほぼ同じものなのですからね……」
ジャクソンの精神の中で、パペットマンがしきりに圧力をかけ、感情を手繰り寄せていて、
「あなたの施政演説でもそういったことをおっしゃっておいででしたね、上院議員……」
ジャクソンは貌に消え入りそうな微妙な笑みを浮かべてみせてから、
「実に口がうまくておいでだ……」
「口だけではありませんよ、私にはSCAREの議長としての確固たる実績というものがあり
ますから、ジョーカーの権利のみならず公民権の獲得に対しても手腕を発揮できることが
おわかりいただけるものと思います。
さほどかけ離れた思想でないことさえ理解していただけたならば、一緒に闘えるというもの
ではありませんか?」
「同じ話を繰り返しておいでですよ、上院議員
強く関心を示しているではないか?俺が手を貸すまでもあるまい・・・感じて、味わっているのだろうからな
「それでは本題に入ろうではありませんか?」
とグレッグが単刀直入に切り出すと、
「副大統領にしていただけるとおっしゃるのですね」
ジャクソンが頷きながら食いついてきた。
「あなたのところの代議員たちに囁いていただきたいのですよ、ジャクソン師父……
ハートマン/ジャクソン旋風が巻き起こるというのに一枚噛まない手はあるまい、とね。
私も代議員たちにそう囁きますからあなたにもそうしていただきたい、そうすれば指名
を獲得できるというものでしょうから……」
「囁き、力を尽くし大きなうねりを作り出すと……」
「私たち二人がそうするならば……」
グレッグはそこで一端言葉を切って、反応を確かめながら言葉を継いでいた。
「指名を得るだけではなく・・・大統領にすらなることができるというものです」と。
願いの明るく輝くブルーの下に暗い染みのごとき疑いの感情が斑に浮き出していて、
パペットマンはそこから暗い感情を掻き出し、無に消し去ってみせると、
ジェシーは口をすぼめつつ、
「こちらから同じ申し出をしようと考えていたのですよ、上院議員……」
そのまま口ごもったジャクソンを眺めつつ、
その精神を細心にパペットマンに探らせながら、
グレッグは頷いて見せ、
手を差し出して見せると、
ジャクソンはその手を取って、
「これでよかったのでしょうね、上院議員
ジャクソンは握った手を振りながら言葉を継いできた。
「これでよかったのです、互いの間に橋が架かって、手を携え共に進むことが
できるようになるのですから……」と。
それを聞いたパペットマンは勝ち誇って叫びを上げていて、当然グレッグとて
どうしようもなく笑みが零れてならなかった。
これでいい……
これでこの男はどうにでもなるというものだ。
まだやり残したことはあるにせよ、
それもじきにどうにかなるというものだろうから……