その15

     スティーブン・リー
       午後2時


グレッグは病室で電話をかけながら、同時に
エレンの髪を指で弄びつつ、
まだ青白い沈んだ顔に微笑んで見せると、
エレンも微笑み返そうとしたようだったが、
うまくいかなかったようで、
その危うい様子に見とれていると、
その瞳から涙が伝い落ちてきたのを見てしまい、
なんと哀れなのだろう、エレンは……
実に申し訳なくてたまらなくなるよ

などと内心詫びていると・・・
電話がつながったのを確認できて、
「カルだね、ハートマンだよ」と呼びかけると、
上院議員ですね」とレッドケンの幾分神経質な
言葉が返されてきた。
実際この男と話したいわけではないのだがね。
などと思いながらおくびにもださず、
「それで何かつかんだかね?」と訊ねていると、
このデブのくそ野郎が……パペットマンがそう悪態をついて怒りも顕わに鎌首を
もたげてくるのを感じつつ、
「どうだろうね、カル、そろそろその頃合いだと
思ったんだがね……」
反応の堅くなったのが如実に感じ取れる。
この男のあばた面が赤らんで、気を和らげるべく
棒菓子に手を伸ばすさまが目に浮かぶようだ。
「待ってくれ、上院議員、そんなに簡単な話じゃないんだ……」
やはりというべきかその声に被せるようにビニール袋をまさぐって
いると思しきがさごそという音が聞こえている。
「あのロシア人の最後の消息は死亡したということで固まっちまって
いるんだ、それにあの男が関わった情報というものはだな、
司法省にしたところでCIAやFBIにかけあったところでけんも
ほろろだという話はしただろ、こうして同じ話ばかり繰り返すのにも
うんざりしているんだがね……」
グレッグとてレッドケンのそうした言い訳じみた言葉ばかり聞かされて
いることにじりじりするような感覚を覚えないわけではない、
なにしろタキオンアトランタにいて、ジャクソンの尻にキスを
しかねないぐらい擦り寄っているのだから……
デヴォーンはさぞ憤慨していることだろう。
あらゆる政治信条をもってしも逆を向いた流れというものを緩めることが
できかねて煩悶しているに違いない。
そうしているとエレンがいぶかしげな笑顔を向けてきた。
Demerolデメロール(鎮痛剤)を飲んで眠っていたところから
目を覚ましたようだ。
その額にかかった髪を再び指で梳かすようにして抱きしめて、
深呼吸をしてから再び電話に意識を戻して、
「ヴィデオが記録しているよ、カル、ジョーカーだけれどイメージを
捉える能力はたいしたものだよ、誰かあの娘を見かけているのじゃない
かな?あの娘の存在を見落としていたんじゃないのかね?
それじゃアトランタでポリアコフを見かけたレポーターの方はどう
だろうね、その話も信じちゃいないのかな?」
「ヴィデオは見つかっていないんですよ、上院議員、それにレポーターに
したところで見たような気がするだけではね、ヴィデオは数日前から行方を
くらましているのですから、手をこまねいているというのが正直なところで……」、
「それでいいわけないだろ……」
グレッグはそう言ってから、さらに強い調子で繰り返していた。
「それでいいはずがないんだ」と。
カルのため息をつく様子が感じられてから、今度はくちゃくちゃいう音が
聞こえてきた、口に何か入れて噛んでいるに違いない。
ワシントンに戻ってみろ、ただじゃすまいないからな・・・


パペットマンがそうぼやいて出てこようとしたのを、
グレッグがきっぱりと押し戻していると、
「申し訳ないとは思っちゃいるがね、上院議員
レッドケンがまたくどくど言い訳をしだした。
「これでも手は尽くしちゃいるんだがね、ずっと
ヴィデオを探しているし、同時にあの記事を証建て
するような事実も探しているんだ、遅々として
進んでいないように思えるだろうがね。
数多の諜報機関を出しぬいてピョートル大帝
ロシア中)を嗅ぎまわったところで、デマだった
という報告を聞かされたのじゃ何にもならないと
いうものだろう。
それ以上の話が聞きたければ、裏をとる時間が
必要なんだ、だからあと数日はかかるだろうな……」
「数日など待ってられるか、カル、今日の午後でも
遅いくらいだと言っているだろう……」
グレッグが思わず声を上ずらせてそう口を挟むと、
受話器の向こうから返事の代わりにしばらくくちゃくちゃ
噛む音が響いてきた後に、
「あぁ、もちろんもうすぐというものだ……」
それを耳にしたグレッグは、
「それならば遅くなれば遅くなるほどどうしてやるか
思い出せなくなるかもしれないということを肝に銘じて
おくことだ……」
そう冷たく言い放ち、電話台に受話器を叩き付けるように
電話を切っていて、
「何かまずいことでもあったの?」
とエレンに声をかけられることになって、
エレンはグレッグに手をそえようと手を差し出している。
グレッグがその手を取ると、、パペットマンがとびかかって
いって、デメロールで薄められた苦痛を味合わせていると、
なんとか落ち込みきった気分を紛らわせることができた。
俺たちで何とかするしかないだろ、グレッグ
他にどうできるというんだ、もう安全だろうに、なにしろギムリ片付いたのだからな、そうではないかね?
そこでグレッグは考えてみることにした。
必要なことが何なのか……
そして答えに至った。
「そうかもしれないね……」
エレンの言葉に応えるようにそう口に出して、
「いやそうでもないかもしれない、きっとさほど
まずい状況ではないのかもしれないよ、他に打つ
手、いや使える駒というべきか、がある以上、
それを使えばいいというものなのだから……」
「ドクター・タキオンと仲違いしたのは痛いわね、
悪い人じゃないのだけれど、頑固なのが玉に瑕ね」
タキオンは心配いらないよ、ダーリン……」
そう言ってから自分に言い聞かせるように呟いていた。
「すぐに片がつく」と。