第五章その7

       スティーブン・リー
         午前10時


ジョン・ウェルテンが病院の講堂に席を設けて急場
しのぎとはいえ記者会見を用意してくれている。
グレッグの後ろの狭いステージにはエーミィが控えて
いるが、そこから突然苛立ったような感情が伝わって
きて、
「ジョン、なんてことなの」という呟きとともに、
グレッグに申し訳ないといった表情で視線を向けて
いるのが感じられる。
そこに昨晩行われたと思しいラマーズ胎教の運動図と
子宮拡張の図がかかったままのさまは、
何か悪い冗談を見せられている気分にさせるもの
だった。

仕方なかったんだ。
他にどうしようもなかったじゃないか。
「私の不手際です」
エーミィがそう声をかけてから言葉を継いだ。
「すぐ片付けさせますので」と。
「大丈夫だ」
そう応えすぐにとりなすべく言葉を継いでいた。
「心配ないよ」と。
ハートマンを見舞った嬰児の悲劇はすでに周知となって
いて、
党大会でもその話題でもちきりとなっている。
そろそろハートマンが出ていかねばならない頃合いだろうし、
デュカキスかジャクソンのどちらか、もちろんバーネットでも
構わないわけだが、辺りを副大統領に定めねばならないといった
ところか。
ヌールセクトやジョーカーの関与から、嬰児がジョーカーであって、
だからカーニフェックスが見殺しにしたのだといった話すら囁かれて
はいるが、
バーネットあたりは神の御手が働いたのだと言い出しかねないし、
共に祈ろうと言い出しかねまいが。
そんな思いをよそに聴衆席は不自然なまでに静まりかえっていて、
上院議員、そろそろよろしいでしょうか」
そうエーミィが声をかけてきた、病院につくまで泣きはらしていた
とみえて充血した赤い目で青白い顔をしている。
パペットマンにその感情を確かめさせて、
そうしてグレッグに視線を向けているエーミィの目の淵にまだ光るものを
認めながら、
グレッグはその身体をそっと抱きしめながらも、
パペットマンがその悲しみを味わっているのだ。
パペットマンも暴れださず、すべてが順調にいっているように思える。
エーミィによってカーテンが開けられて、馴染み深い光の下に出ていった。
そこは多くの人で溢れている。
まず最前列にはマスコミの人間たちがいて、その後ろにはジョーカーの
支持者に医療スタッフを交えた人々がいる。
エーミィとジョンによって精査された限定された人々ではあるが、
グレッグにならどうとでもできるというものだ。
病院の至るところにジョーカーはいて、
ドアなどは閉じられたところで、簡単に破れるというものだろうし、
外いっぱいに彼らがひしめいているさまを感じることもできている。
心配ないさ


レイにいつも言っている通りだ。
彼らは身内のようなものだから
彼らが望むことは理解出来ている
なんなら私が出たあとでも中に入れてやればいいだろう。私はレイを信頼しているからね。何も起こりはしないというものだ
痛ましいまでに畏まったレイの感情が感じられるが、それもまた味わい深いというものだろう。
ゆっくりと垂れ幕の前に出て一旦俯いて演壇を掴んでから大きく息を吸い込むと、
タイルの壁に音が吸い込まれたように静まりかえったが、
周りからはおしよせるような深い同情の念が感じられ、
それに耽っていると、
パペットたちの姿自体も直接見ることができるようになっていた。
ピーナッツにファイル、モスマウスにグローバグ、他にも数多のパペットが、
実に具合よくひしめいている。
少し手を加えてやれば、
簡単に理性をなくすということは嫌というほどわかっている。
数人操れば残りもそれに従っていくのだ。
それはじつに容易いことで、難しいことでもなんでもない。
ほとほと嫌気がさしながらも、
表情をなくした面持ちで顔を上げ、
「さて……何を話していいものかどうか」
そこで慎重に言葉を切って目を閉じて、
そうして気を静めながらも、
押し殺したようなような悲しみの声を聴き、
パペットたちに結びつけた糸の動きを感じながら、
声の震えていることを確認してから言葉を継いだ。
「わからないでいるというのが正直なところながら、
ともあれ医者からは、エレンは心配ない、といった言葉を
かけてもらっているわけです。
そうですね、確かに身体の傷は癒えるでしょうが……」
そこでまた言葉を切って、少し俯いてから言葉を継いだ。
「その他の傷と痛みというものはそう単純ではありません。
それが癒えるには遥かに時間というものが必要とされると思い
ますが、こうしてたくさんの見舞いの花とカードを頂いたことには
感謝していたことは間違いなく、そうした心遣いや気持ちといったものは実際
エレンが必要としたものだと思うからです」
そこで手振りでエーミィを指し示してから言葉を継いだ。
「確かに秘書のエーミィからは読み上げるように原稿を渡されていましたが、
どうにもそれを読み上げることはできませんでした。
不幸な事態とはいえ、私もかなり動揺していて、
とても大統領候補になどなれそうにない、とさえエレンにこぼしてしまって
いました。
そして頂いたカードをエレンに渡して、こうしてお礼を申し上げているわけ
ですが……」
グレッグはそこで言葉を切って、一呼吸おき、パペットマンがパペットに
結び付けた糸を引き絞ったのを感じながら・・・
ポケットに手を入れ、握った手を出して広げ、中の紙束をすべて床にぶちまける
ようにしてから言葉を継いだ。
「エレンはこう言っていました。子を失っただけで充分でしょ、と」
そこで沈黙を挟んでからさらに言葉を絞り出した。
「もう何も失いたくない、と私に言ったのです」
そこでパペットマンがさらに糸を絞り上げて、パペットたちの精神を開いていくと、
低い囁きが立ち昇ってから、割れるような拍手が後ろの聴衆から立ち上がってきて、
人びとが笑いさざめきながら脚を踏み鳴らし始めたようで、
どうやら悲しみとある種の歓迎の意を表しているようだった。
見ればピーナッツは片腕を揺らしながら身体を前後に揺らしていて、
そうして開かれた口は、何らかの傷のように見えて痛々しく、
グローバグが興奮して光を放つさまは、まるでカメラのフラッシュに対抗しようとして
いるかのようだ。
そうしてカメラが回って、人々の高揚した様子を舐めるよう映し出す一方で、
マスコミの連中はマイクに早口で何か囁いている。
そこでグレッグは立ち上がって、
効果を確認するようにしてから、何も掴んでいない手を脇にだらんと垂らすようにしつつ、
ようやく周りの状態に気付いたかのように顔を上げ、
さも困惑しているように首を振ってみせると、
高まる感情の渦にパペットマン歓喜の声を上げているのを、
その一部を掬い取ってグレッグ自身で味わってみたが、
純粋で濃厚なその力強さに思わず蒸せたようになって、
手を上げて落ち着くように促すと、
パペットマンも微かに糸を緩めてくれて、
そこでようやく周り全体を把握できるようになっていた。
それから擦れた声のまま、
「ありがとう、皆さんすべてに感謝しているわけですが、
身重にも係わらず、身を粉にしてこれまで尽くしてくれたエレンに
誰よりも感謝の意を捧げたいと思います。
このような悲劇に見舞われたわけですが、
無力な私を変わらず支えてくれている妻こそが、
むしろ候補となるに相応しいのじゃないかと思うわけですが」
そこで沸き起こった拍手と喝采、そして泣き笑いの声。
それらすべてを受けながら、
グレッグは彼らに微かな笑みを浮かべさせることができていた。
パペットマンは何もしていない。
単に嫌悪しながら傍観しているにすぎない。
「ここに集ったすべての人々に闘いをやめるつもりはないことを
お伝えしたい。
病室から見守ってくれているエレンも、あなたがたの労りが変わらない
支えとなっていると申しておりました。
私はこれからエレンの元に戻ってしばらく付き添いたいと思います。
まだ質問がおありのことかと思いますが、私に代わって秘書のミズ・
ソーレンスンがお答えすると申しております。
皆様への感謝とともにその心遣いに感謝申し上げる次第です、ありがとう、
エーミィ」
そこでグレッグが敬礼のかたちに腕を上げてみせると、
パペットマンが糸を引き絞って、同時にパペットたちが喝采の声を上げ始める
のが聞こえてきた。
彼らは涙を迸らせて感極まっているように思える。
すべて元通りで、
己自身で制御できている。
それが理解出来てはじめて、
パペットマンだけではなく、ようやくグレッグも喜こぶことができたのだ。