第五章その6

       ヴィクター・ミラン
         午前10時


ホテルというものは外界から隔絶された、いわば
要塞と呼んでいい場所ながら、
代議員やマスコミの蟇蛙どもが集っているさまは
いわく言い難い異様さを放っているにしたところで、
そこは一夜開けたとしてもマッキーにとっては
もはや命のやりとりを潜り抜けた場にすぎない。
とはいえエアコンが大気を冷たく切り裂いて処理した
ところで、ハンブルグ出のどぶ鼠の匂いはどうにもなら
なかったということか。
外からかぎつけた奴が中に潜んでいたということだろう。
そうしてポケットに手を突っ込んでいると、
手持無沙汰ゆえか色々なことが思い返されてくる。
昔のことながら、酒の匂いをプンプンさせてその勢いに
任せた母親にDetlevデトレフ(ホモを現す隠語)と
呼ばれていたことが思い起こされてきた。
そうして投げかけられる金切声はかえって殴られるよりもこたえる
もので、
かわすこともできないゆえにその歪に不釣り合いな肩に重くのしかかっ
てきたものだった。
いつも誰かを失望させていたものだったが、
鋼のごとく冷たく、
ナイフのごとく鋭い手で、
誰かを切り裂いて血が流されたときだけだった。
そのときだけは誰も失望させなかったではないか。
そうとも。
笑い声を立ててそう己にいい聞かせてみたもののそれも
たいして慰めにはなりはしなかった。
この二日に限っては、二回チャンスがあったに係わらず
二度ともしくじってしまったのだ。
精々やったことといえばスーツを着た黒いでくの坊を
切り裂いたことぐらいだろう。
手摺を切り裂いてあの金色に輝く間抜け面が落ちたとこ
までは覚えているものの、
今朝見たニュースでピアノの上に落ちたものの、奴自身は
ピンピンしていることを聞かされたのだ。
まぁあのピアノではもはやマッキーのテーマを演奏できなく
なったのは残念ともいえるが、
あの腕ではそれでよかったともいえるだろうが。



sqirk いらだつ
smirks にやにや笑う