ワイルドカード6巻第五章その4

        スティーブン・リー
         午前9時


まるで葬儀のようだった・・・
控えの間にマスコミが群れを成していて・・・
ドアが開くたびに一々対応しなければならないのだ・・・
カメラの放つ鈍い光からフラッシュの放つ激しいまでの光りと共に・・・
弾ける泡のように質問が投げかけられてくるのだ・・・
エレンの悲劇が伝わるのは思いがけなく速いもので・・・
救急車が病院に着く前に伝わっていたとみえて、すでに待ちかまえられて
いたのだった・・・
そこでビリィ・レイが壁にもたれて不満の声を上げている・・・
「警備の人間を動員してよければ連中をここから一掃するのですがね・・・
もし上院議員がそう願うならばですが・・・
まったくあいつらときたらまるで死肉に群がるグールそのものだ・・・」
「構わないさ、彼らは自分の仕事をしているだけなのだからね、その必要は
ないと思うよ・・・」
上院議員、私が傍にいながらこんなことになるなんて・・・」
ビリィは顔の前で拳を組んで、一度唇を固く引き結んでから言葉を継いだ・・・
「私が救うべきだったというのに、まったくの役立たずだったなんて・・・」
「ビリィ、どうしようもないことだったんだ、君のせいじゃないさ、もちろん
誰のせいでもない」
グレッグはそう声をかけ、処置室に面した長椅子に腰を下ろしながらも・・・
用心深くうろたえている夫といった体を装いながらも・・・
内ではパペットマンがこれ幸いとばかりに・・・
エレンの痛みに飛びついて味わっているのだ・・・
まだ麻酔で朦朧としているであろうにも関わらず・・・
内でかきまわして苦しみを引き出しているとみえる・・・
その中でも子の安否を気にするこころが冷たく暗く翳る原初の蒼で彩られているのを・・・
パペットマンはその感情をサファイアのごとき輝きにまで薄め・・・
ゆっくりと紅橙色の痛みへと変えている・・・
そんなことよりも何より味わい深いのが・・・
ギムリの苦しむさまだ・・・
胎児に縛り付けられた侏儒の怪物が痛みに悶え・・・
そこから逃れられないままに・・・
パペットマンがどんどん痛みを増していっているのだ・・・
もはや止める術などなかった・・・
エレンの胎内でギムリが喉をかきむしり、窒息し、叫ぶさまがグレッグにも感じられるのだ・・・
そこでパペットマンが笑いだした・・・
その子が死ねば・・・ギムリも運命を共にするだろう・・・
パペットマンはついに解放されることを知って喜びさざめいている・・・
ゆっくりと死に至る感覚は味わい深く・・・実にたまらないものに感じる自分もいれば・・・
そのことを嫌悪している自分もいるのだ・・・
まるで己が引き裂かれているようだ・・・
グレッグ自身は笑うよりむしろ悲しみにひたりたいというのに・・・
あの声が囁きかけてくるのだ・・・
死にかかっていると知って胸を撫で下ろしていたのだろ・・・あんたの一部はそれを望んでいて、その願いがかなったのだからな・・・それにエレンとしたところで・・・パペットマンがいようがいまいがあんたがあの女をたばかっているのに
変わりはないのだからな・・・まったくたいしたたまだ・・・実際悲しくもないのだろ・・・とんだ人でなしだな・・・
そうしてパペットマンギムリを味わいながらも嘲り続けているのだ・・・
そうともあんたの子などじゃない・・・もはや違うものと化しているじゃないか・・・死んだ方がいいというものだ・・・その方が都合がいいというものだよ・・・
そして頭の中で・・・
グレッグはギムリの喘ぐ声を聴いている・・・
憐れな苦悶の声にパペットマンがくすくす笑うなか・・・
ギムリの叫びが一瞬たかまり、絶望の滲んだ金切声を残して・・・
深い闇のしじまに飲み込まれるように消えていった・・・
そして何も聞こえなくなって・・・
パペットマンが感極まったとばかりに唸りを上げたところで・・・
処置室のドアがバタンと開けられて・・・
随分くたびれた感じの緑の術衣に身を包んだ医者が姿を現した・・・
そうしてグレッグとレイに厳かに頷いてから・・・
腰を上げたグレッグのところにゆっくりと歩み寄ってきて・・・
声をかけてきた・・・
「ドクター・レビンです」
その声は女のものだった・・・
上院議員、奥様の様態は安定いたしました・・・
不幸な事故といえますが、無事傷は縫合され出血も止まりました・・・
打撲跡は残っていますが、あとでX線で確認する必要はあるとしても、
子宮自体は破れていないと思いますけれど、他に内傷がないとも限りませんからね・・・
念のため一〜二日入院していただくことになりますが、奥様はじきによくなると
いっていいかと・・」
そこでレビンは言葉を切った・・・
グレッグの言葉を待ちかねているのだろう・・・
だから望む言葉をくれてやったのだ・・・
「それで胎児は?」と・・・
そこで女医は険しい表情で言葉を絞り出した・・・
「できることは何もありませんでした・・・
あの子は・・男の子でしたが・・・
へその緒が胎盤から外れてしまって・・・
数分間呼吸できなくなっていました・・・
それがなくともあれだけひどくうちつけられては
どうしようもなかったでしょう・・・」
そこで女医は一旦目を伏せてから手をさするようにして深く息を吐いてから
目を上げて・・同情的な光をその暗い瞳に宿して言葉を継いだ・・・
「手は尽くしたのですが、残念です・・・」と・・・
その言葉にビリィは拳で扉を殴っていた・・・
そうして木の扉に大きな穴を空けて手を抜いてから気まずげに悪態をついていて・・・
パペットマンがその罪悪感を味わおうと鎌首をもたげてきたのを・・・
グレッグは力を加え内に押し込めようとすると・・・
ここしばらくなかったことながら・・・
実にあっさりと沈んでいった・・・
グレッグは一端気を静めてたがを強め用心してみたが・・・
パペットマンは満足したのか何もおこりはしなかった・・・
そこで内に向って注意を払いながら顔を上げると・・・
女医が目に輝くものを湛えて同情的な視線を向けている・・・
「エレンに会わせてくださいますね」
そうしてグレッグが絞り出した声は不思議なまでに憔悴し、痛ましいもので
あったが、もちろんそんなものはただの演技だ・・・
「いいでしょう、こちらへどうぞ・・・」
ドクター・レビンもそう応えたのだった・・・
よろしいといわんばかりの幽かな笑みとともに・・・