ワイルドカード6巻第四章その3

       スティーブン・リー
      1988年7月21日
         午前9時
  


どうもあまりよく眠れた気がしない・・・
開票が朝方まで及んでそのまま戦勝祝いに
もつれこむことになったのだ・・・
1800票超えを達成して、2081票
獲得も確実と思える中・・・
「あと300票なら硬いところだろう・・」
デヴォーンはそんな言葉を口にしているが・・・
もはやグレッグには響きはしない・・・
どうでもいいことのように思えるのだ・・・
そうしてスイートの窓辺に立って下を見下ろして
いると・・・
朝の光に照らされた人々の姿が見て取れる・・・
ほとんどが帽子を被っていて・・・
その帽子にはハートマン支持を訴えた文字が
躍っている・・・
そうしてまぶたを擦りながら・・・
プタスチックのコップに入ったブラック
コーヒーを一口飲んだが・・・
胃が痛く感じられたのみで・・・
おまけにパペットマンも騒ぎ出したときたものだ・・・
Goddamnくそ忌々しいったらありゃしない・・
どうしてあいつらに手をださないんだ?」
そうしたパペットマンの声は痛ましくすらある・・・
段々弱っていっているようだ・・・
「そうはいくまい」
胃が空になっていて、よけいに飢えて感じられるの
ではあるまいか・・・
「必要だろうに・・・何をためらう必要がある・・」
パペットマンはそう声をかけながら自制のたがを揺らし
はじめて・・・
グレッグは強い力でそれをおしとどめなばならなくなった・・・
明るい光の下歩く人々の姿を見たことがパペットマン
刺激してしまったのだ・・・
豹のごとくしなやかに飛び掛って彼らを貪りたくてたまらない
のがよくわかる・・・
力をこめて握り締められた拳が血の気を失ってきたのが感じられ
ながらも・・・
「ニューヨークに戻ってからだ・・・」
なんとかパペットマンにそう言い聞かせてみたが、やはり
黙っているつもりはないようで言い返し始めた・・・
「待ってられるか!戻るのは早くて来週になるだろうからな・・・
それまで待ってられるものか・・そうだろう?」
「そんなことをしたらどうなると思っているんだ?」
グレッグはかっとなってそう怒鳴り返していた・・・
「俺じゃない、あれはギムリの声だ・・・
あいつをなんとかするんだな・・・
俺じゃぁない・・・」
「どうするね?」
「お願いだから・・・」
その声にグレッグは涙声になりながらも懇願するかたちになった・・・
パペットマンを抑えている頭がずきずき痛んでならない・・・
頭蓋を切り開いてこいつを抉りだせたらどれほど
すっきりすることだろうか・・・
「なぁにすぐすむさ!あんたを裸にひんむいてブン屋たちの前に
放り出したっていいんだぜ・・・いいかよく聞くがいい・・・
俺様ギムリはあんたの中にいて・・・ひましに力を増しているんだからな」
その声に応じるようにパペットマンが自制の壁を引っ掻き始めて・・・
グレッグはその痛みにうめき声を上げることになった・・・
「私を一人にしてくおいてくれないか・・」
そう叫んでカーテンに手をかけ、そのまま引きちぎって床に放り出していた・・・
それからコーヒーカップをぶん投げて指を火傷して家具に染みをつくりながら・・・
再び叫んでいた・・・
「私にかまわないでくれ」
そして顔を掻きむしっていた・・・
「グレッグ!」
上院議員!」
エレンが寝室から出てきて・・・
同時に外に控えていたビリィ・レイも入ってきて声をかけてきた・・・
二人とも部屋の惨状に困惑した様子で・・・
エレンは顔に強い恐怖の感情を浮かべたまま・・・
守るようにお腹に手を当てている・・・
「嗚呼グレッグ・・」
そしてエレンは弱弱しい声で言葉を継いだ・・・
「言い争うような声が聞こえたから・・・
誰かいるかと思ったのだけれど・・・」
それはそのまま消え入りそうな声だった・・・
グレッグは間抜な顔のまま立ち尽しながらも動揺が広がるのを感じていた・・・
パペットマンの声が漏れていた・・・
パペットマンとの会話が口をついて漏れ出ていて・・・
グレッグはそれに気がついていなかったというのか・・・
そうしてうちのめされながら声にならない声を上げていると・・・
エレンがレィに縋るような視線を向けていて・・・
ビリィはエレンに向けていた視線をグレッグに向けてしばらく
立ち尽していたが・・・
すぐに察したように部屋を出て、ドアを閉めていった・・・
グレッグも立ち尽していたが・・・
ゆっくりと息を吐いて気を落ち着け・・・
エレンに向かって肩を竦めて見せた・・・
何でもなかったんだ、と言い聞かせるように・・・
「エレン・・」そう切り出したものの、次の言葉を出せないままに・・・
突然しゃくりあげることになった・・・
闇に怯える子供のように・・・
エレンは傍に駆け寄ってきて・・・
必至に笑顔のような表情を浮かべて・・・
その手でグレッグの頭を抱えて髪を梳きながら・・・
「心配ないわ、グレッグ・・」
そう声をかけてくれたが・・・
その声には拭い難い恐怖が滲んだままだ・・・
「もう落ち着いたよ、何も問題ないんだ、愛しているよ・・・
さぁちゃんと休まなくちゃね・・・」
そんな言葉を口にしながらも、それが気休めにすぎないことはわかっていた・・・


なにしろギムリの笑い声はまだ響いていて・・・
エレンもそれを聞こえないふりをしているに過ぎないということを・・・