ワイルドカード6巻第四章その2

         ヴィクター・ミラン
         1988年7月21日
           午前5時


「本気であそこに出て行くおつもりですか、マダム」
制服を着た運転手が窓を少し開け・・・
雨後の筍のようにピードモントパークに増えたテント村
に胡乱な目を向けながらそんな言葉をかけてきた・・・
日もまだ明けたばかりで・・
生い茂った草叢の至ることころに消えかかった焚き火が
見て取れる・・
「ええ本気よ・・」
そう応えて車外に出ると・・・
まだ冷たい大気がわずかな熱と湿り気を帯びて・・・
そこに排気ガスと人や、何かそれ以外を思わせる匂いを
感じながら車のドアを閉めると・・・
ただちに発車してそこから離れていった・・・
悪態をぶつけてやりたくなったがそこは堪えることにした・・・
警察に保護を求めて出向いたときに向けられたつめたい目に
比べればこれくらい何ほどのこともない・・・
憶測を呼んで混乱を招くという名目で・・・
アトランタ市警はピーチツリーでの殺しを腫れ物のでも触れる
ように扱っている・・・
だからリッキィの名もいまだ公表されておらず・・・
フィラデルフィアにいる彼の母親にも表立ってはその死が伝え
られていないままで・・・
当然セイラの関与も伝えられていないが・・・
世間一般にしてみれば、そうした噂すらも、APD(反社会性
パーソナリティ障害)を煩った女ジャーナリストの売名行為と
受け取られているのではあるまいか・・・
それだけに殺された男と係わりのある女というのは保護観察の
対象でありはしても・・・
彼らにしてみれば、そうした存在を保護するということは
ダイナマイトをガラスの瓶につめるに等しい・・・
いつ爆発するかしれず・・・
そんな厄介ごとにかかわりたくないということだろう・・・
それに公表されていないことで助かったと思える側面もある・・
いずれ同業者たちに嗅ぎ付けられて、殺された男と一緒にいた
女が誰かというあたりぐらいはつけられはするにしても・・・
今はまだそうなっていないことを喜ばねばなるまい・・・
もし知られてしまったとしたら・・・
ハートマンを陥れるためにリッキィを利用したといわれかねず・・・
そういわれても仕方ないことをこれまでしてきただけに
ぐぅの根もではしない・・・
実際タキオンを利用しようとしたことすらあるのだから・・・
それでもつばの広い帽子で顔を隠し・・・
肩に食い込むバッグの紐を握り締め・・・
勇猛果敢に突き進むしかあるまい・・・
今はフリーランスとなったその身で風を
きりながら・・・
社会の暗部に切り込んでいくのだ・・・
なりふり構わずに・・・
押し込められた痛みに耳を傾ける・・
その行為自体が・・・
人の内にあるわずかな光を明らかにする
ことを祈りながら・・・
恐怖を感じないというわけではないし・・・
こうして一人でいるというのが恐ろしくてならない、
というのが正直なところながら・・・
それでも一歩は踏み出したのだ・・・
わずかながらでも這い上がるしかあるまい・・・
そう己に言い聞かせながら・・・