ワイルドカード6巻第四章その1

   1988年7月21日
     午前1時


  「まったくなんてざまだ・・」
その切り裂くような鋭い声に、思わず
弦に当てた弓を取り落としてしまった・・・
その声の主のハイラムが、真っ赤に充血して
落ち窪んだ目でこちらを睨みつけているでは
ないか・・・
「ハイラム、時間も時間だし、お互いいい状態とも
いいかねる・・・別の機会にというのはどうだろう」

ハイラムは目に見えて強い自制を示してから言葉を
返してきた・・・
「月曜の晩から27回も留守電を残したというのに
あんたときたら・・・」
額に手を置いてタキオンは応えた・・・
「祖先の名にかけて・・・
ハイラム、申し訳ないとは思うが、今日、いや昨日は
だね・・・」
そうして丁寧に言葉を選びながら続けた・・・
「ニューヨークにいて葬儀に参列して
いたんだ・・・」
「そこでジェイに会わなかったか?」
「ジェイ?」
「アクロイドだ・・」
そこで記憶が呼び起こされてきた・・・
ジェイ・アクロイドは小さな私立探偵事務所の切り盛り
している・・・
いわば雇われエースではあるが、ハイラムの掛け値のない
友人でもあったはずだ・・・
投射型のテレポートの使い手で・・・
1986年のワイルドカード記念日にはその力で救われて
もいる・・・
「ああ、あの男か・・いや会ってないよ」
「だったら一緒に来てくれないか・・・
厄介なことになっている・・・
これはあんたでなければ解決できない類の問題だと私は
思うし・・・まだ手遅れではないと思うが・・・
もしそうなったら、あんたはそれに罪の意識を感じる
ことになるだろうな・・・」
タキオンはヴァイオリンのケースを閉じてハイラムの
話を真面目に聞くことにした・・・
「それで何が起きているのかね?」
ワーチェスターは感情を押し殺したような低い声で
応え返してきた・・・
「クリサリスだ・・あの女が殺し屋を雇っていたらしい」
「何ですって?」
そこで巨漢の男がタキオンの頬をぴしゃりとやってから
言葉を返してきた・・・
タキオン、これは本当のことなんだ」
「血潮と血脈にかけて、それを信じろと」
「信じてもらうしかない・・
ジェイは間違った情報を掴んで、妙な動きをとっている
ようなんだ・・・だから何とかしなくては・・・」
何か冷たいものを含んだような違和感を感じつつも
タキオンは訊ねていた・・・
「それでは誰が狙われていると?」
「バーネットじゃないかな、ジェイはそう考えているようだがね・・・
ともあれ安全上の見地から、警備を厚くせねばなるまい・・・
あいつに気づかれたことをけどられないようにそのことを
私服警備員たちに周知させなくては・・・」
そこでハイラムは声を消え入りそうなバスの低音に落としたため
声が聞き取りにくくなって、タキオンは身を右拳を握りしめて
聞き取るため身を乗り出すことになった・・・
「・・・あいつがクリサリスを殺して、今度は私を消そうとして
いるんだ・・・」
「それを信じろと?」
「信じてくれ」
「それはできかねますが」
「何だって?これだけいってもわからないのか?」
ハイラムは激高して脇に汗が黒い染みとなって広がっているのが
見て取れる・・・
「何とか手を打たなくては・・・」
「それでは私服警備員に伝えたうえで、彼らに紛れて、
そういった動きがないか探るとしましょう・・・」
「そうだ、それがいい」
ハイラムは妙に思案気に言葉をついできた・・・
「警備員がその言葉を信じるか、だが・・」
「私のいうことなら信じるでしょう・・・
あなた方人類は私のメンタルパワーに絶大なる信頼を置いて
いるようですからね・・・」
そうしてハイラムの肩を叩いて言葉を継いでいた・・・
「心配には及びませんよ、ハイラム・・暗殺を阻止しましょう」
そう請け負いながらもタキオンにはわかっていた・・・
まったくの虚勢を口にしていたことを・・・
そうしてそれにハイラムも気づいているということを・・・