ワイルドカード6巻第三章その14

        ウォルトン・サイモンズ
         1988年7月20日
          午後12時深夜


見えてはいないが、そこにいるのはわかっていた・・・
束になった人々、グレッグとその取り巻きたちが・・・
スペクターの方に向かってきている・・・
思いもよらず音もなく・・・
御誂え向きにすぐに駆け寄れる距離にいて・・・
スペクターのいるのに気づいてもいない・・・
近づくごとに鼓動は早まり・・・
ハートマンはカメラのフラッシュに囲まれたまま・・
スペクターにその手を差し出してきた・・・
その手をとった途端・・・
スペクターは黒いレオタードを着たままで白い手袋を
つけたままであることに気がついて・・・
人々の笑い声が響く中で・・・
悔しさに歯を食いしばりながらも上院議員に視線を
合わせたままでいると・・・
ハートマンの血が沸き立ち・・・
その痛みが伝わってくるのを感じてきた・・・
その感覚に満足を覚えたのも一瞬のことだった・・・
それは消えうせて・・・
床に横たわっているのが感じられる・・・
それでもまったく音は感じられないが・・・
フラッシュの点滅は続いていて・・・
スペクターを取り囲んでいるようだ・・・
そこでスペクターは誰かの上に馬乗りになっているのに気づいて・・・
その顔を見るとトニーで・・・
叫んだような表情で、恐怖に歪んだまま固まっている・・・
笑い声に見上げるとハートマンが笑っていて・・・
その周りには私服警備の男たちがひしめいていて・・・
銃をぬいてスペクターに突きつけているではないか・・・
その最初の一撃が顎を吹き飛ばして・・・
スペクターは逃げようとしたが、銃弾が次々浴びせられてうごけきもとれず・・・
片目の視界も段々暗くなってきた・・・
何度も撃たれたことはあったがこんなことは初めてだ・・・
そうして雨が身体を濡らし床に滴るのを感じている・・・
すでに片方の腕の指も何本か吹き飛ばされているが・・・
もう片方を持ち上げて顔の前にかざしてみると・・・
とくに血もついておらず問題もないようだが・・・
今度は見えている方の目の
視界も暗くなってきた・・・


そうして叫びながら身体を起こすと・・
下にベッドの感触が感じられて銃声も聞こえはしない・・・
下顎と腕を動かしてみるが問題ない・・・
目をゆっくりと開いて・・・
ベッドから出て、テーブルランプを点けた・・・
部屋に一人でいて・・・
エアコンの風が心地よく感じられる・・・
飛び上ってぼやいていた・・・
「なんだ夢か・・・」
首を振って意識をはっきりさせベッドの上に戻り・・・
「なんて夢だ・・・」
そう呟きTVのリモコンを掴んでつけると・・・
やはり古い映画をやっている・・・
ジョン・ウェインのでてるやつで・・・
デューク(ジョン・ウェインの愛称)の面を眺めながら立った気を静めようと・・・
ナイトテーブルの下からウィスキーのボトルを引っ張り出すと・・・
かろうじて半分ほど飲めるだけ残っているようだ・・・
ルームサービスでもう一本頼んでおこう、と手を受話器に手を伸ばしながら・・・
明日は別のホテルを探そうと考えていた・・・
ここでは誰か本物のハーバート・ベアードを知ってる人間に出くわさないとも
かぎらないだろうから・・・
それに一箇所にとどまっているのは警察がくるのを待っているようで落ち着かない
というものだが・・・
トニーからの連絡があるまではここにいなくてはならないことを思い出し・・・
悪態をつきながら願うのだ・・・
すべてが終わって、さっさとジャージィに帰る日の来ることを・・・