ワイルドカード6巻第三章その13

       スティ−ブン・リー
       1988年7月20日
         午後12時深夜


顔全体を覆うゴム製の道化のマスクを被って・・・
ジョーカー達の多くがアトランタのじとつく湿気から
涼を得ようとして外に出ている中・・・
グレッグは彼らに紛れていった・・・
気温は華氏90度くらいまで下がっているものの・・・
それでもサウナの中を移動しているような熱がこもっていて・・
マスクをつけているのはオーブンの中に掘り込まれたような
熱さだったが・・・
それでもマスクを脱ぐわけにはいくまい・・・

ホテルをでるのには苦労した・・・
エレンは寝息をたてていたものの・・・
おこさないようにするには相当の用心が必要とされたのだ・・・
こんな危険を冒すのは本位ではないが・・・
パペットマンが何をしでかすかわからない以上、
対処くらいは必要というものだろう・・・
不満を薄れさせねばなるまい・・・
傍から見て、奴の存在がわかるようになってからでは遅いのだ・・・
もはや飛行ジョーカーグライダーにしか見えなくなった飛行エースグライダ−の
はまったどぶを乗り越えてピードモントパークに入ると・・・
小高い丘陵や木々の生い茂ったあたりに人影の動きが見て取れる・・・
警察も定期的に巡回を行っていて・・・
そこからジョーカ−が出るのを警戒しているようにも思える・・・
それでも闇に紛れて、公園に入るのはグレッグにとっては容易いことだった・・・
そうして現実感の一旦薄れた公園に入ってしまうと・・・
都市のことなど頭をよぎらなくなる・・・
丘伝いにはテント村が散見していて・・
そこから叫ぶような笑い声と光が広がっている・・
傍には焚火も炊かれていて・・・
歌すらも聞こえてくる・・・
そこをジョーカーが横切るたびに影が長く伸びて草木を染め・・・
そうしてテントの寄り集まった辺りの闇が深まる中・・・
燐のような光がちらつくのをグレッグは見た・・・
光っているジョーカーもいるということか・・・
肌が常に光っている者があれば・・・
不規則に輝きを放っている者もいるようで・・・
人々が闇の中でその光の下に集っているようにも思える・・・
それは闇の中の蛍のようで・・・
その光景をとらえたUPIの写真は党大会の一部を切り取ったもの
として強い印象を残すものだった・・・
そうしてグレッグはピードモントパークを彷徨いながら・・・
パペットにつけられた精神のタグを探っている・・・
ここにいるジョーカーの多くは普段ジョーカータウンに住む者たちで・・・
その病んで歪んだ精神はパペットマンにとって馴染みの深い領域であり・・・
ときには新しいパペットを貪りたいという誘惑にかられはするものの・・・
今はそうすべきではあるまい・・・
パペットマンの飢えを和らげる程度の必要最低限にとどめるべきなのだ・・・
素早く確実な糸を辿っていくと・・・
ピ−ナッツに繋がった依り糸に辿りついた・・・
ピーナッツは70年代からのパペットで・・・
76年のあの惨劇にも係わっている・・・
この男は硬く剥がれやすい皮膚を持つ、常に悲しみと痛みにに沈みこんだような
顔をしたジョーカーで・・・
ギムリと共に、あのJJSの構成員を務めていて・・・
その右手はマッキィ・メッサーによって切り落とされている・・・
もう一年前になるか、ヌールの姉であるカーヒナをかばってでのことだったか・・
ギムリの死後、他のとりまきと一緒に逮捕されていたが・・・
グレッグの仲介による恩赦によってスピード出所を果たしている・・・
ピーナッツはグレッグに憧れていて・・・
ギムリがハートマンに対する強い敵意を持ち続けていることに悩まされていただけに・・
出所後は予備選のときにつくられたニューヨークの、ジョーカータウン選挙事務所の
ボランティアとして働いている・・・
ピーナッツならば旧知の仲であり・・・
扱いもたやすいというものだろう・・・
誰もグレッグのことなど気にもしていない・・・
ここにいるジョーカーはその素顔をさらしているものが目立つが・・・
やはりマスクをつけたものも少なくはな
く、そいつらに紛れているということだろうか・・
ともあれテントの傍でたかれている焚火にあたっている人々のところまでいって・・・
傍の木によりかかり腰を下ろしてみた・・・
その木には<スノットマンに自由を>とかかれたポスターが掲げられていて・・・
それが風に揺られている音を耳にしながら・・・
ブラッグドッグTシャツを滴る汗で湿らせながら・・・
右側にピーナッツのいるのを確認できた・・・
そこでグレッグがパペットマンを押しとどめていた箍を外すと・・・
パペットマンはたちまち解き放たれた・・・
抑制の弱まっていることを強く感じるグレッグを尻目に・・・
パペットマンはピーナッツにむけて凄まじい勢いで向かっていって・・・
そのジョーカーの精神をまさぐり・・・
何かに辿りついた・・・わずかな一欠片だ・・・
ピーナッツの精神は単純で素朴なものだから・・・
その中から一房をよりわけつけいるのは容易いことだ・・・
それは他のジョーカーにも大差なくあるものだ・・・
それは性に関するコンプレックスともいうべきものだった・・・
たとえ表向き認めはしなくとも、ジョーカーの多くは・・・
己の姿を嫌悪していて、鏡を見ることさえ厭うている・・・
だから同属嫌悪というものが根強く・・・
フォーチュネイトなどはそれにつけこんだ一人と言えるだろう・・・
彼はジョータウンを上客と見てとって・・・
そこにジョーカーを慰めるナットの娼婦を斡旋したのだ・・・
ピーナッツは常にその身に痛みを抱えているといえる・・・
その身体は硬く筋くれだっていて・・・
その顔は泥を塗りたくって、慌てて乾かしたかのような有様で・・・
四肢を繋ぐ間接のみならず・・・
肌もところどころ皹が入ったり割れたりしていて・・・
そこはかさぶたになりはするがゆっくりとしか治りはせず・・・
膿がたまったままじくじくと痛んでいるのだ・・・
ピーナッツは醜く、それがどういう意味を持つかを理化するだけの
知性はかろうじて持ちえている・・・
ナットにしても、それは耐え難いことだろう・・・
それはジョーカータウンにおいても変わらないどころか・・・
辺りを見廻すだけでさらにその身を苦しめることになるのだ・・・
そのピーナッツにとって・・・
(グレッグの知りうる限りではあるが)性の快楽は痛みを和らげる
数少ないものの一つだ・・・
そのざらざらした皮膚は些細な愛撫さえ痛みと捉え・・・
その後も数日痛み続ける・・・
ワイルドカードによるそんな傷を身体に受けながらも・・・
その行為と衝動を抑えきれずにいるのだ・・・
それゆえにこの男は普段ジョーカータウンの安い娼婦の世話になっているが
そうした余裕のないときは、素早い自慰ですませていて罪悪感とともに果てている・・
パペットマンは先刻ご承知だ・・・
それでいてワイルドカードはおあつらえむきのご馳走をしつらえてくれたと
ほくそ笑んでいる・・・
そうしてピーナッツの精神を愛撫し、黄色い欲望の波を見てとった・・・
それは数日に及んだものだとパペットマンは告げている・・・
そこにある強い情動に・・・
パペットマンが飛びついて・・・
ゆっくりとその輝きを強めていき・・・
他の感情の入り込む余地を減らしていくと・・・
ピーナッツは見るからに表情を険しくして・・・
立ち上がり火から離れていった・・・
そこでグレッグはその後をついていくことにした・・・
華々しい予備選に生じた微かな影さながらに・・・
一筋の橙色に押し込められた痛みに対する衝動・・・
ナットに対する薄い青色の欲望が・・・
淡紅緑色した唇での刺激を求めている・・・
パペットマンはそういったパペット達の欲望の綾を色で見て取る・・・
そこには複雑で相反する欲望も同時にあるものながら・・・
本来そういったものは・・・控えられていて避けられたままのもので・・・
夢想や自慰の内に処理されうるもので・・・
安娼婦の糧となるものにすぎない・・・
パペットマンはそうした兆しといえるものに火を吹きいれ・・・
強い感情に育て上げる・・・
それをされた人間は強姦魔か悪意に満ちた奴隷となる・・・
それは子供を騙して、友人の財布を掠めさせるようなもので・・・
パペットマンにとって手馴れた行動といえる・・・
好きに貪るがいいさ、ただし手早くやるのだ、ギムリがでてきては・・・
グレッグの嗜める声を最後まで聞くことなく・・・
パペットマンはグレッグをおしのけるようにしてピーナッツの精神に
圧し掛かっていって、その様子を眺めているようだ・・・
そうしているとピーナッツはテントの並んだ一角から木々が折り重なる
ようにしてできた暗がりに彷徨い出てきたところで・・・
落ち着かない様子で辺りを見回して・・・
意を決したように木々の方に向かっていった・・・
グレッグは駆けるようにしてその後を追っていくと・・・
ピーナッツは木々からわずか数ヤードのところで立ち止まった・・・
グレッグはその理由を音で知ることができた・・・
あえぐような声を前にしてピーナッツは立ち竦んでいる・・・
ジョーカーのカップルが秘かに睦みあっているのを見ているのだ・・・
その混乱し・・・ためらいがちな精神に・・・
パペットマンは再び触れて囁き始めた・・・
感じるのだろ?そうやって黙って立ってみているのか?あの女を見ろ、あの女の足が男に絡みついて・・・そうして腰を上下するたびに・・・熱く湿ったもので・・・深く、激しく相手を貪っているではないか?あいつに成り代わりたいのではないか?あの女が欲しいのだろ?あの女に包まれて・・・あの女の温もりを感じ・・・あの女の声をその耳で聞き・・・深く激しいものであの女を満たしたいのではないか?


そこまで囁くとピーナッツはベルトに方手をかけて・・・
ズボンを脚首まで引き下ろしたところで追い討ちをかけるようにまた囁く・・・
あの女がお前を欲しがるかな?お前は醜くて嫌われ者のピーナッツではないか・・・虫がよすぎるというものだろう・・・
乱暴されて傷つけられたとしか思わないかもな・・・
パペットマンはそう囁いて欲望と怒りの高まりを感じ・・・
それが弱まったときには力を加え調律を果たす・・・
それを乗り越えなくてどうする?
お前の望みはあの娘の望み・・・そうだろ・・・そうとも・・・そうして己を慰めてきたのだろ・・・


そうしてピーナッツはしゃがみこんで叢を凝視していたが・・・
立ち上がったその手には・・・
小枝を掴んでいるではないか・・・
そうだ・・・
男を片づければ女はお前のものだ・・・

そうしたいのだろ・・・


だったらやるしかあるまい・・・
そこで深くくぐもった笑い声が響いてきた・・・
ギムリの声だ・・・
今までどこにいた・・・
そして悪態を返していた・・・
どこに引っ込んでいたんだ・・・
そうしてギムリは自制のたがを揺らし始めた・・・
ここだよ、グレッギィ、ここにいるともさ・・・
今まで同様にようやく止んだと思っていたのにだ・・・
そうしてピーナッツにつながれた糸が突然切られてしまったのだ・・・
「なんてことをするんだ」
パペットマンの不満の高まりと同時にグレッグも叫んでいた・・・
パペットマンは手遅れになる前に再びとびかかろうとしているが
抑えられたかたちになったまま・・・
ピーナッツは道化のマスクを被った男に気がついて・・・
足元で揉みあう二人の姿を尻目に小枝を手から落としていた・・・
どうかしたのかな、グレッギィ・・・ペットがコントロールできていないのじゃないか?


パペットマンがしおれたように弱まっていくのを感じながらも・・・
グレッグ自身はパニックに陥ってしまっていた・・・
いつかのあのときのように・・・
またこんな姿を見られるわけにはいかない・・・
気づかれるわけにはいかないのだ・・・
グレッグは駆け出していた・・・
ピーナッツの叫ぶ声を耳にしながら・・・
それでもギムリの声はつきまとってくる・・・
離れてくれはしないのだ・・・
そうしてテントの密集する場所を抜け、
公園から出て路上に立っていた・・・
ここからならすぐにマリオットに戻れるだろう・・・
いつまで抑えておけるかな、なぁグレッギィ・・・
それでも侏儒の嘲る声は続いている・・
一日?二日持つかな?
あいつはあんたを食い破ってでてくるぜ
あんたはパペットマンに呑み込まれるだろうさ・・・
そうして侏儒の嘲る声が響いてくるのだ・・・
・・・いつまでも・・・
・・・いつまでも・・・