その21

      メリンダ・M・スノッドグラス
          午後8時


だいぶ落ち着きを取り戻しように自分では思っている・・・
あれから小一時間はたっているのだから・・・
ジャックが死に・・・グレッグ・ハートマンという名で
知られている男との友情も失った・・・
それに今更ながらクリサリスがこの世のものでないことが
思い起こされてきたがその感情自体も制御できていると
言えるだろう・・・
やらねばならないことをやるまでだ・・・
そう己に言い聞かせていると・・・
眼の前の男の口が動くたび、黒い顔に歯茎と舌の色の赤が
鮮やかに映えるのを見ているとそこから横柄な言葉が迸って
きた・・・
「師父はお忙しい方です、アポイントがない方とはお会いに
ならないと申し上げたはずです」
と黒い男は忍耐強く聞き分けのよくない子供に噛んで含めるよう
話しているが・・・
「会ってくださいますよ、私はタキオンですからね・・・」
応じた異星の男の声もまた忍耐強くも尊大な響きを帯びたもの
だった・・・
「電話を入れてからきちんと手順を踏んでからおいでください」
落ち着いてそういい募るストレイト・アローに・・・
「だから手順を踏んでいる時間などないと申し上げている」
そう言い放ったタキオンの声はフライフィッシング用のリール
につながっているかのようにほどけ自制を失ったものだった・・
「もう遅いですから」そう言って立ちふさがっている男の後ろに・・
スイートにつながったドアがあって少し開いているようだが・・・
その間にさらに二人の屈強な男が立ち塞がっているのだ・・
タキオンはそこに目ざとく目をとめて、そこに届けとばかりに
騒ぎ始めた・・・
「おい貴様!」そう言って壁際の男まで群がってきた・・・
中からは電話とテレビの男が漏れ聞こえているようだった・・・ 
「どきなさい!どきなさいと言っているのです!彼に会わなければ
ならないのですから!」そう叫んだ声は自分でも甲高く聞こえるもの
だった・・・
やめてください」ストレイト・アローがそう叫んで、人々に手と脚を
つかまれて床にねじ伏せられながらも怒りで唸りつつも・・・
取り押さえようとしている連中の精神を操ると・・・
手の離されたのが感じられたが・・・
さらに別の人間が現れて掴み掛ってきたが、そいつも眠らせて床に倒した
ところだった・・・
寝室に続くドアが乱暴にバタンと開かれ読書用の眼鏡を手にもったまま、
周りに目配せしつつ・・・
「入れなさい」とよく響く声でジャクソンが告げていた・・・
どうやら二人の息子が怒り心頭に達したスタッフをなだめて出てきたよう
だった・・
落ち着いた顔をしたジャッキィ・ジャクソンがコートを脱ぐのを手助け
してくれたところで、ゆっくりとではあったが秩序が回復したように
思えたところで・・・
手招きするジェシー・ジャクソンに応じて寝室に入ると・・・
ドアが閉じられて、好奇に満ちた視線と外の喧騒も締め出されたかたちに
なっていた・・・
「さてと」タキオンがそう言って目を開くと・・・
ジャクソンはスコッチの満たされたグラスを鼻先にぶら下げながら・・・
「入れてもらえると思っていたのかね?ドクター、ちゃんと連絡をいれて
から会おうとは思わなかったのかね?」と訊ねてきたジェシーに手で目を覆う
しぐさをしつ「思いもよりませんでした」と応えていた・・・
そしていきりたったまま壁に背をもたれさせ・・・
「記者会見を開いていただきたいのです、師父、あなたにワイルドカード保菌者
の新しい希望になっていただきたいのです」と告げていた・・・
ジャクソンは太ももをたたくようにして気を静め、部屋の乱れた様子に視線を向けながら
なんとか言葉を絞り出した・・・
「どうしてだね」それは気分を害したのを隠そうともしない声だった・・・
「あなたの語り掛ける力というものにかけてみようと思ったからです・・」
「本気とも思われん、いきなりだとは思わんかね?」
タキオンは両手の拳を握りしめ、湧き上がる震えを押し隠していると・・・
「何があったんだね?」
そう訊ねる言葉に、手を広げ押しかぶせるように訪ね返していたのだ・・・
「受けていただけませんか?」と・・・
「いいだろう、理由は知りたいのだがね」
「それはお話しできないのです」
「だとしてもドクター、心変わりのいいわけぐらいは必要になりはしませんかな・・・」
スイートにあるベッドには豪華な天蓋がしつらえられていて、タキオンはその
柱の上をつかんで、額を木に押し当てて己の言葉が棒読みのように感じながらも
「グレッグ・ハートマンには精神的に不安定なところがあるのです、また76年
のときのようなことをしでかすのではないかと皆冷や冷やしているのですよ、
今朝のようなことがあってはまた不安定になるでしょう・・・
そういう人間は民主党の大統領候補として相応しくないと考えたまでですよ・・・」
タキオンはそう言ってすべてを投げ出すように両手をだらんと垂らして、ジャクソンに
視線を向けていると・・・
「それでこうしたと?」ジャクソンはそう言ってもてあましたというように口ひげを
指でいじりつつそう訊ねてきた・・・
「そうです、そういうことにしておきたいのですよ・・・」
ジャクソンはその小柄な異星の男を上から見下ろすようにしながら再び訊ねてきた・・
「それでどうなるかは勿論充分理解しておいでなのですね?」
「そうです」と言って言葉を切ったところに・・・
「考え直すおつもりは?」と念を押され・・・
「そういうわけにはいきません」
タキオンは決然とそう応え、ドアに向かい、ノブに手を掛けたところで・・・
振り返って言葉を継いでいた・・・
「あなたに信頼をよせているのは私だけではありませんよ、師父、多くの
人々の願いがあなたにかかっているのです・・・」
そう言い添えていたのだ・・・