ワイルドカード6巻その5

                   ウォルター・ジョン・ウィリアムズ

帰路は7月の熱気にさらされたものであったが、ピーチツリーモールを通ることでそれは解消できた。
空調が施されたモールでエスカレーターに乗り最上階に向かうと、バーネットを支持するカトリックの一派に出くわした。
ロザリオを首にかけ、バーネットの写った様々なボードを持った人々がさんざめいていて、掲げられた一枚には<Stop the Wild Cards Violenceワイルドカードに抑止力を>とあり、他には<ワイルドカード持ちは収容所に>とかかれているものもある。
どうにもおぞましく思えてならない。
バーネットはローマ正教の美名のもとにサタンの教え(差別)を囁き、人々がそれを信仰しているときているのだから。
額に嫌な汗が滲みはしたが、彼らから離れるとそれはひき、今度はジェシー・ジャクソン候補のたすきをかけた黒人の子供二人が、発泡スチロールのかなり大きいグライダーをもてあそんでいるのが目に飛び込んできた・・・
どうやら数人の間抜けな帽子を被った代議士がレストランに群がり、朝食をとろうとしているらしい。
そうこうしているとグライダーの一つが、漂ってきて足元に落ちかけた・・・苦笑しながら床に着く前に拾い上げ、持ち主のところに投げ返そうと手にとったところで、そのグライダーをよく見てみると、
それはペレグリンが羽を広げたイメージで作られたものとみえて、2フィートに渡り羽が広がったよう
なかたちになっている。
スタックドデッキ号で旅をともにした際に魅了されたあの豊満な胸は再現されていないし、飛行機のようなかたちに姿がプリントされたものに過ぎず、ご丁寧に<フライングエースグライダー(R)全部集めよう>といった文字まで添えられているときたものだ。
ペレグリンはこいつのロイヤリティを受け取っているのだろうか。
そんな物思いに沈んでいたが、15フィートほど離れたところで、二人がグライダーを心配顔で見つめているのに気づき、上を向けて放り投げて返した。
フットボールをやっていたときと同じ動きになり、ついグライダーがまっすぐ飛ぶように力を加えてしまった、身体が微かに黄金の輝きを放ち、僅かな虫の羽音のような音が辺りに響いて、子供たちがグライダーからジャックに視線を移して、一瞬驚いて見つめてはいたが、すぐにペレグリンの姿に視線を戻して、そいつを掴み、駆け去っていった。
まだ驚いてみつめている人々の姿に、こうやって普通にすごすのも悪くない、という高揚感に近い楽天的な思いに包まれながら、軽い足取りで歩いていくと、
今度は折りたたみ式のテーブルを広げたグライダー売りに出くわした。
そこにはJJフラッシュやJB1のグライダー、そしてフリスビーのようなかたちのものもあるが、どうやらそいつはタートルのつもりらしい。
IDとキーを見せて警察の非常線を通り、虚ろなアトリウムを越えて、マリオットに入った。
マリオットはハートマンが選挙本部にしているためか、そこでみかける人のほとんどがハートマンの名を身に着けている・・・
そこでバルコニーに目をやると、フライングエースグライダーが横切って視界から消えていき、どこからかポータブルオルガンの響きが届き耳朶をうつ。
あてがわれた部屋にはいると、デスクにはメッセージが残されていた。
どうやらチャールズ・デヴォーンが連絡をとりたがっているらしい。
ジョージアスターレットに乗った上客の相手をさせようというのだろう。
確かボビーといったか……醒めるように豊かな赤毛の女だったか?
それとも高価な差し歯や対脂肪運動のことをさえずってばかりいたブロンドのとりまきの名だったろうか?
党大会の間だけとはいえ、そいつは御免こうむりたいところだが。
そんな物思いに包まれながら、メッセージをポケットに押し込み、マリオットを出ると、フライングエースグライダーがくるっと宙を巡って地面に落ちた。
思わず手にとったグライダーには飛行ヘルメットに白いスカーフ、皮のジャケットが象られている。

やぁアール

グライダーを掴み見つめていると想いが広がっていく。

うまくやっているよ

タキオンとも停戦ともいえる状態までこぎつけたし、グレッグ・ハートマンの手引きあればこそだが、あの頑固なハイラム・ワーチェスターとすら言葉を交わすことができるようになっているじゃないか。
フォーエーシィズもHUACの喚問も、ジャックの裏切りすらももはや忘れ去られようとしているではないか。
混乱を招くのではなく、過去に付きまとわれることもなく、人々の前に出て、何かましなことができるはずなのだ。

背筋を伸ばし、まっすぐ前を見ろ、いなかっぺ

アールにいつもそう言われからかわれていたことを思い返しながら、
首を上げて空を見る。
グライダーがけして落ちないことを望みつつ、
背をまるめ良心の呵責に苦しむ己の姿をもはや見ることのないように祈りを捧げ、
人々が過去を思い返すことのないことを願いながら、

あばよアール、今は見守っていてくれ
手を後ろに引き、思い切って空に放つと、グライダーはアトリウムを越え、高く高く舞い上がり、
そして見えなくなった。
……永遠に……落ちることのないかのように。