ワイルドカード6巻その3

喧騒はすでに過ぎ去っている、それでもアトランタマリオットマーキスホテルの前には、依然として警察の警護が敷かれていて、その警戒線を越えながら、ジャック・ブローンは党大会に集まった何百人もの代議士たちを眺めていた。
普段着に、標語の入ったたすきをベストの上からかけ、莫迦げた帽子を被っている。
アンテナにカギ十字をはためかせた1971年式シボレー・インパラには党元老の姿が、しかもフロントシートには制服に身を包んだ無表情なナチスStorm troopers突撃隊員が三人も控えているときている。
おそらく何らかの理由があってのことだろうが、後部座席には誰も乗せていない。
古びたワーゲンのマイクロバスにはジョーカーが二人、その歪んだ顔を突き出して、群衆に対し、笑顔を向け手を振っている。
そのマイクロバスにはハートマン支持のステッカーが貼られているが、
それだけにとどまるものではなく。
Free Snotmanスノットマン(泥状のジョーカー)を開放せよ
と叫ぶものがあれば
BLACK DOG RULESブラックドッグを野に放て
というものもある。
おそらくグレッグ・ハートマンが次の大統領として最も有力な代議士と目されていることは、ジャックも理解しているが、ジョーカーテロリストとの関係まで目されることは、選挙戦略のうえでも好ましいものではあるまい。
朝7時半、早朝であるにも関わらず、頭皮に嫌な汗が滲むのを感じている、それはアトランタが湿っぽく、蒸し暑いからだけではあるまいに。
グレッグ・ハートマンの口添えで、やむなくハイラム・ワーチェスターとReconcilation手打ちの朝食とも呼べるものをともにしてきた、これで世間は関係が修復されたとみなすという公算らしい。
そぞろ歩きをしてはみたが、どうにも重い気分が抜けやしない、観念して踵を返し、マリオットに戻ることにした。
ついさっきまでマリオットのスイートで、Parched日照り地帯と噂されている、中西部のスーパー代議士四人と頭痛の種でしかないながら、夜っぴいて非公式に飲み明かすはめに陥っていたのだ。
グレッグ・ハートマンの選挙参謀Charles Devaughnチャールズ・デヴォーンの差し金だ。
もはや過去のものとはいえ、ハリウッドの威光を非公式にグレッグの票田へもたらそうと考えたらしい。
もうそいつはお開きになってしまっている。
もちろんそれがどういう意味をもつことになるかはわかりすぎるくらいにわかっている。
そう彼だけではない、何人かのエージェントも駆り出されていていたようで、スーパー代議士たちが着いたころにはすでに、部屋はバーボンにスコッチ、綺羅星のごとく女優たち、Chain Gang Woman and Stock Car Carnage(繋がれし女たちに重なりし殺戮体)といったタイトルを思い浮かべることができる。
その女たちで満たされていて、ミズーリから来た議員が、1984年のミス・ピーチツリーに腕を絡められてよたよたと出て行ったのは早朝の3時すぎのことだった。
これでハートマンの懐にわずかばかりの票が転がり込むことになるのだろう。
簡単なはなしじゃないか。
ターザンTVシリーズのかび臭いイメージを引きずったエースのユダと呼ばれるイメージの方が強い男すらセレブとみなされるというのなら、
ハリウッドのカリスマなどというものはとうに消えうせている。
安っぽい睦みごとと同じく、強張ってまつわりつくような政治の泡にまみれてしまっているだけのことなのだろうが。
デヴォーンのもたらす言葉ですらないしがらみ、それは本来脅迫とも呼べるものであろうが、そこに喜びすら見出せるのだからおかしなものだ。
頭蓋にティンパニが打ち付けられるように響き、こめかみをさすりながら、ぼぅっと輝く赤信号を眺めながら立ち尽くしている。
ワイルドカードは、超人的な力と永劫とも呼べる若さをもたらしはしたが、二日酔いばかりは、どうにもならないらしい。
ハリウッドのパーティでは、ボウルいっぱいのコカインといったものがつきものであったが、幸いここにはそれはない。
羽織ったマーク&スペンサーのブッシュジャケットから、フィルターなしのキャメルの最初の一本を取り出し、屈んでそいつを手で覆い、火をつけようとしていると、
またあの鉤十字を見せびらかしたインパラが、向かってくるのが目に飛び込んできた。
前列の窓には、平たい帽子を被った突撃隊員たちの影が浮かび上がっていて、
黄色に変わった信号に対し、スピードを上げて突進していくかのようだ。
そこでバンパーの文字に気がついた、ご丁寧にも
White Power白は優勢
AUSLANDER RAUSアウスレンデル・ラウス(外国人よ、出て行け、という意味、ヒトラーの演説で有名)
といったスローガンが掲げられているときたものだ。
そうしていると、意識が過去に遡っていく。
メルセデスのスタッフカーに群がったペロン主義者どもを、弾き飛ばしたことが数年前のことのように思い返されてくる。
フォース川の急流に、ドイツ兵のマシンガンの響きと叫びがともに飲み込まれていったかのように思えたことも。
北の塹壕には黒いヘルメットと迷彩ポンチョに身を包んだSS装甲師団ダス・ライヒが、装甲車の中にはモンテ・カッシーノの偵察兵が至るところに溢れている沼の中を、痛む手も構わず、水面に手を差し入れて、必死に破れたゴムボートを漕いでいたものだった。
仲間の半ばは死に至るか負傷していて、一面に散らばっている、ボートにはその水しぶきにも関わらず、彼らの血すらこびりついていたではないか。
そうだ、政治に関わって碌なことなどありはしない。
このインパラもそれと同じだ、関わるべきではない。
脇に退いて、そいつをやりすごし、その巻き起こした風を感じながら、
そのエンジンを引きちぎりだしたい気持ちを内に秘め、血気にはやるジョーカーたちや、数多くの黒人
といった1988年の民主党党大会に混乱と暴力を巻き起こしかねない人々に囲まれながら、アトランタの路地に立ち尽くしている。
路地にマッチを放り投げながら、黄色の警告灯に向かっていくインパラと、ナチの姿をした影から身をかわしつつ、そこに掲げられた黒い鉤十字が燃え盛っているように感じられてならない。
もうフォーエーシィズは亡くなって、40年もたつというのに、世間はその名を忘れてくれてはいないらしい、
実に忌々しく......胸糞の悪い話ではあるのだが。