ワイルドカード6巻その2

ラッツ・アレー鼠通り、死人といえども油断できはしない。
骨といえども持っていかれることだろう。
ラッツアレー、そこにはかのジョーカーズ・ワイルドがあった。
Rats(卑劣漢)に相応しい場所なのだ。
もはや客は残っちゃいない、しみったれた壁に染み渡るような悲鳴のみを残して出て行ったのだから。
その入り口は低く、大概の者は腰を屈めなければくぐれやしない。
くぐると、不安と恐れが染み付いたような予感に苛まれ、散らばったプラスチックのタッパーに、刻を無為に経たタンパク質と炭水化物が絡みついたようなすえた匂いが覆いすがってくるかのようだ。
ドアの影にはジェームス・ディーンのマスクを被って、壁にケッズ(スニーカー)をもたれかけ、背中を丸めた姿がぼんやりと見て取れる。
そうして何やら頷きながら、低く何かの響きを口ずさんでいる、もちろん汗ひとつかいちゃいない。
それは闇に吸い込まれ、闇そのものに馴染んでいるかのようだ。
中にはもう一人いて、グニャグニャのMoon Goonムーングーンのにやけ面を脱ぎ捨てている一方、外にはもう一人いて、そいつを避けているように伺える・・・
もう一方のドアの傍には黒い外套とベルボトムに身を包んだ巨体が、しきりに頷きながら、道化の仮面の男に、哀情深げな声で、しきりに囁いている。
「ようこそおいでくださいました、いつでもお役に立ちましょう」
他のものも共感を示して頷き返していて、
それから溢れんばかりの美しさを誇る若者が姿を現した。
角刈りを乱れがちにしながらも、まだ若々しく見える十代後半のNouveaux dos新顔だ。
そこにジェームス・ディーンの出来損ないのようなジョーカーズ・ワイルドのウェイターが歩いているのが視界に入ってきて、その様子に瞳孔を膨れ上がらせながら、股間の様子に思いを馳せる、そこはまだつるつるだろうか、いやHoward Heroesハワード・ヒーローズのように荒々しく繁っているかもしれない、と。
この街ならば至る所にQueerクイア(性倒錯者)が溢れていることだろう、そう考えていると、己の股間と指先がむず痒く感じられてくる。
今はその機会はないが、クイアとことに及ぶこともあるだろう・・・そう考えそわそわしていると、
Gatekeeperゲートキーパーがそのマッキーの様子に、力を使ったり、何かしでかすのではないかと、訝り始めたころ・・・
鼠通りから一人入ってきたところで、道化の顔をつけた男が扉を締め切った・・・、
そして下塗りされた緑の顔料が露出した扉のふちを、白い手袋をはめた指で撫でさすりつつ、煉瓦の壁から何かを取り出してきた。
それから画家がぼろぼろのイーゼルを扱うように、そのぼろきれを扉にたてかけて示してから、小脇に挟んで抱えあげ、甘美な声を絞り出した、「上首尾じゃないか、マッキー」
それは愛玩動物の顎をさするような調子だったが、マッキーはその声を上の空な調子のまま聞いていた。
ゲートキーパーはクイアじゃないが、あの道化の仮面の男に触れられるのは悪くない、とはいえ里をおん出された身としては、居場所があるのも悪くない、たしかにインターポールに重要参考人として追われる身でありながらもそう思える。
頬をひきつらせるような歪んだ笑みを片頬に浮かべ、頷き、
「俺はいつでもうまくやるのさ」そう答えたが、その言葉にはドイツ北部の訛りが滲んでしまっている。
ゲートキーパーはしばし佇んでいた、フードの下には時々眼球らしきものがうかがえることもあるが、今はその覆いもの同様の暗闇が広がっているのみ・・・
手袋をはめた指を、マッキーの顔にそっと添わせていたが、関心を失ったかのように顔を放し、ぼろきれを抱えたまま、よたよたと通りの方に向かっていった。
彼らと別れ、ハドソン川からのそよ風とディーゼルの排気を嗅ぎながら9番街に差し掛かり、そこは生まれ育ったハンブルグの港を思わせ、懐古と嫌悪の入り混じった衝動に苛まれながらも、
ポケットに手を捻じ込んで、肩で風をきりながら、バワリー辺りの安宿の看板を値踏みしながら、
アトランタにおける大博打に思いを馳せている。
もはやマッキーの名によりかかることすら必要あるまい。
マッキー・メッサーの名は、まさに彼自身のものとして記憶されることになるだろうから。
気分が高揚し、己のバラードを口ずさみ始めた。
バスがカナキリ声のような急ブレーキの音を立てて停止したが構いもせず、歩き続けたのだ。
もはや振り返る必要もないだろうから。