ワイルドカード7巻その6

            ジョン・J・ミラー

           1988年7月18日

              午後3時


クリスタルパレスの周りに群がってすりを行っている腕のない
ジョーカーがいる。
ブレナンはさして珍しくもないといった視線でその男を眺めた。
たしかにぼろだが、細かくつぎの入った服を着ていて、
ズボンはその真ん中に生えている三本目の脚にあわせた
特別仕立てのもので、
その指は常人よりも器用に動く、
そして疑いもしていない獲物のポケットから金品をまきあげるのだ。
天蓋のついたパレスの入り口には、事件の起こったことを示す黄色い
ラインの入ったリボンが張られていて、
その周りには野次馬が群がり、
口々にパレスやその女主人に対して無遠慮に囀り続けている。
群集を縫うように立ち働いているNewsies新聞売りや
露天商の間をも掻い潜って立ち働いているそのすりの男が、
突然ブレナンに感じるところがあったように視線を向けてきた。
それにブレナンが頷き返すと、三本足のジョーカーは群集を抜け、
よろよろと体を振る癖のある足取りで、
三本目の脚で器用にバランスをとりながら近づいてくる。
「こんにちは、ミスターY」そうもごもごと声をかけてきて、
ブレナンがそのジョーカーに再び頷き返した。
そのジョーカーの名はTripodトライポッドといって、
法の間をかいくぐる抜け目のない男であって、以前この街にいた際の
有力な情報源の一人だ。
無頼の情報屋稼業にしては信用がおける男で、ドラッグに手をだして
もいなければ、口が堅くもある。
一端売った情報に関しては二度と口を割りはしないのだ。
「やばいことになってるぜ、なぜ姿を現した?」
うやうやしいといった口調で、尚且つ一年以上姿を隠して
いたことに関して不思議に思っているであろうにけして尋ねて
きはしない。
ブレナンは頷いてから言葉を返した。
「警察は、俺が殺したといっているんだな?」
トライポッドは肩をすくめるようなしぐさで返した、
腕のない肩を器用に動かして、
「警察はそう睨んじゃいるだろうが、あれはあんたのやりかたじゃないだろう?」
「どういう殺され方をしたと?」
「目撃者が一人」ホットドッグ売りのカートの端に腰掛けて、
そのとっちらかった様子を示しながら言葉をついだ。
「あの人を検死官のワゴンで運ばれる前に見たといっている」
カートの横にはSauerkraut Sam the Hotdog manホットドッグマン・
ザウアークラウト*・サムと書いてある。
そこにはいつもジョーカーの男がいて、ホットドッグを出している他、
その常人より多い腕を駆使して、パンズに粗引きマスタード
ケチャップで好みの味をつけ、ザウアークラウトと一緒に挟んで
出している。
今はその脇で、太って酒の匂いをプンプンさせた、ナットにしか
見えない男が腰を落ち着け、誰も耳を傾けない昔の話を何度も
繰り返しながら金をせびっている。
ブレナンはトライポッドに頷いてから、ホットドッグをむしゃむしゃ
やっている見物人にまみれ、男の話に耳を澄ますことにした。
「運び出されたときにゃあそこにいたんだ、間違いない、
ごみ箱の傍に丁度いい場所をみつめて寝てたんだが、救急車の音で
目が覚めて驚いたね・・何か悶着があったかなんて知りゃしないが、
すぐに人が運び出されてきた、ありゃクリサリスだった。
何度も見ているからわかったんだが、たしかに生きちゃいなかった」
そこで声を低め、囁くようにしながら聴衆に聞かせるよう言葉を搾り出した。
「頭が潰れていたんだ、潰れていたとも、肌が透明でなくてもそれはわかる、
もはや誰だか区別がつかない面になって、10階から落としたメロンのように
ぐちゃぐちゃだった」そこで満足げに頷きながら、さらに続けた。
「丁度運び出されたときに、居合わせたんだからな」
ブレナンは胃から立ち上がってくる怒りをもてあましながら、
男に背を向けた、警官が現れ、その警察手帳を見せつつ、
露天商と何か言い合いを始めたからだった。
ザウアークラウト・サムもその腕を振り回しながら、怒りに任せて
低く不平を漏らしているがどうなるものでもない。
怒りに任せ4本の腕をまだ振り回しているホットドッグ売りから
警官が離れるまで、ブレナンはトライポッドと音も立てず立ち
様子を見ながら想いに沈んでいった。
(クリサリスは誰かに殺された、エース、もしくは頭を潰せるだけの
力を備えた何者かだが、まだ調べる必要がある、もっと情報を集めね
ばなるまい)

野次馬がホットドッグにかぶりつきながらそろそろ散り始めた頃合を
見計らって、ブレナンはトライポッドに訪ねてみた。
「エルモかサーシャはこの辺りにいるのか?」と。
ジョーカーは首を振って答えた。
「ここにはいないよ、ミスターY、あれから消息もつかめちゃいない」
ブレナンはためいきをつかずにはいられなかった。
初めからこのざまだ、簡単にはいくまい)と。
そして20ドル札を二枚ポケットから出して無造作に歩道に置くと、
トライポッドは裸足の脚でそれを掴みあげ、ズボンのポケットの一つに
素早く落とし込んだ。
「引き続き頼む、連絡はアーチャーの名でVictoriaヴィクトリアをとって
あるからそこでつくようにしてある」
Yessir了解しました」
トライポッドがブレナンに視線をすえたまま言葉を継いだ。
「また会えることを願っていますよ、ミスターY」
「ああ、互いの無事を祈っている」
トライポッドは一度頷いて、奇妙によろめくような
足取りのまま雑踏の中に消えていった。
ブレナンはトライポッドを見送ったあと、再びパレスに
視線を向けてみた。
まだ野次馬が完全に引いてはいないが、名残を求めようにも
惨劇の痕跡すら見当たりはしない。
(もう少し落ち着いて暗くなってからもう一度来た方が
いいだろう)
そうして他の通りを調べることにした。
(クリサリスの死にキエンが関与しているという根拠は一切
ないが、足がかりとしてはその辺が妥当というものだろう。
もちろんキエンが自ら手を汚すことはありえないだろうから、
シャドーフィストが何者かを雇ったということになるか。
例えばワームのような。
ワームはキエンのボディガードを勤めている豪腕の男で、
たしか二年前のワイルドカード記念日にもクリサリスに
ちょっかいをだしていたではないか。もちろんそれも
推測にすぎず、他も訊いて回ることになるだろうが)
弓矢のケースを肩に負い、街路を巡ることになる。
狩人が、街に帰還したのだから。


*独語で「酸っぱいキャベツ」の意:塩漬けにしたキャベツを発酵させたもの