ワイルドカード6巻その11

                  ヴィクター・ミラン

ばっさりと切り捨てたさ・・
鼻にかかった音とともに亡き別れになった・・
暗黒の髪、オリーヴ色の肌をしたプエルトリコ娘が微笑んでご開帳ときたもんだったが・・

もちろんどうなるもんじゃない・・
たかがカレンダーの一枚だ・・
そうして引きちぎったやつを指でなぞりゃ・・
女は細切れになって・・
紙吹雪となって舞い踊るとくる・・

多少は見栄えもするだろう・・
もちろんリアル(真物)におやびゃしないが・・
手慰めぐらいにゃなるってもんさ・・

まぁなにをやったところで、殺る相手が不在なんて
間抜けな現実がどうなるもんでもあるまいて・・
さほど失望するには及ぶまい・・
ディガー・ダウンズがもどるまで、ぶらついて過ごせば
いいだけなのだから・・・

レンタルでもしてきたような安っぽい白茶けたローテーブルを蹴ちらかしてキッチンに向かえば・・
タブロイドに競馬新聞、Photo District Newsやなんやかやが雑多に散らばって、羽を痛めた鳥よろしく、バタバタ音立ててるときて・・・

コンクリートブロックと幅のある本棚の上に鎮座したたサウンド・デザイン(原文はSoun Design)のステレオから、皮ジャケットの色褪せた縫い目にロボポップを浴びせてくるようで・・
でかくて幅をきかせた50年代のデトロイト車のようなクロム張りのIcebox氷入れ(冷蔵庫)がありゃぁするが、もはやてかりは消えている・・・開けてみると中には隙間もないときて、ファーストフードの白い紙袋がつめこまれ・・・
サランラップにくるまれたデリサンドイッチの食べかけ、酔っ払いが朝、オムレツでも作ろうと頭に穴を開けて忘れ去られたような卵が二つ、他にはリトルキングのシックスパックが二つに、銘柄不明のソーダが一本、そこにマーガリンのプラスチックが黴たような香りが添えられていたが、そこに実際プラスチックの小さな円筒があった・・
おそらくフィルムが入ってる・・・
喜び勇んで蓋を開け、中身を広げてみたものの・・
檻から飛び出た疣痔をみたような・・
ばつの悪さしか感じやしない・・・
そうしてドアを一端閉じて・・
手首の振動もろともに・・
閃光立てて網格子を切り分けりゃ・・
ようやく振動が、股間に程よく伝わって・・
いかしたメタルの感覚は、手慰めにこそなりはすれ・・・
それでは足りずと冷蔵庫にまで手をかける・・・
やせぎす骨ばった身体にゃ不相応な怪力で、
リノリウムの床に跳ねてバン、なんて派手な
音たてて弾けとんだときたもんだ・・・
そうして棚に目をむけりゃ、焼いてぱりっとした
喰いもんが詰め込まれ・・
アル中のげっぷみたいな香りを醸し出し・・
戸棚の中はごちゃごちゃ積み重なっていて、
まるでエナメルの施された馴染みの、テレビ伝道師のよう・・・
煙草の煙で燻され色あせていて、次々現れはするがすぐに忘れ去られ、けして
思い出されることはないのだ・・・
キャビネットの中も似たり寄ったりでシンクの生ものに負けず劣らずの臭気を放っている・・・、16袋入りのドリトスや、ビーンズが二袋で、一つは開けられているが・・途中で忘れ去れたとみえて、えらく歪な虎のトニーが描かれたシリアルの箱の間に挟まれたかたちになって、その芳香のみで存在が感じられるのみ・・
ランディストリートから、クレアがお送りしました・・
宣伝のあともWBLS-FM107.5をよろしく」
ラジオからがなりたてられる声がその存在を主張している・・・
「まず一番のニュースは、アトランタにおける今週末の熱い代議士選挙につきるでしょう、その次はグアテマラの虐殺、そしてジョーカータウンにおけるセレブの殺害をお送りする予定です、ではサンディ、どうぞ・・」
クリサリスのことを耳にするたびにきまずいような気分に襲われる、本来ならば己が手を下していたはずだったのだ、あの透明な肌はどんな切り心地がしたのだろうか・・
そいつを思うといてもたってもいられなくなった・・・まったくたいしたたまだ・・・
そのもやもやを抱えつつ、くたびれた部屋々を巡り、あたりかまわず切り裂いて回り、
多少は気持ちは上向きになりはしたが、割り切れない想いも捨て去りがたくある・・・
これでどうなるというんだ?
どうにも性質の悪い薬に手をだしたような気分に見舞われてならず・・・
・おまけに寝台ときたら、角の下に閨のテクニックやら警察の訊問教本やらが積み重ねられて支えられている危なっかしいものながら、散らばっているわけではなく・・
シートは絞り染めながら、油だかなんだかわからない染みでDerr Mann(独語でThe Manの意)かの男の存在を主張してはいるものの・・
ダウンズ当人は微塵もここにはいないときているのだから・・・
そうとも、ここにはいやがらない・・・
だからといってそれはダウンズ当人はあずかりしらぬことなのだ、いまごろ涼しい顔をしているに違いあるまい・・
Fuck itくそったれが
罵りながら壁を抜け、外に出たまさにとのときだ・・
ドアが開き、何者かがくっちゃべりながらでてきやがったじゃないか・・
「だからあたしゃいったんだよ、ありゃチャイニーズだって・・」
それはでっぷり太った虫の羽音を思わせる耳障りな声というより騒音というのが相応しい鼻にかかったがなり声だった・・・
「麻薬の売人じゃないかねぇ・・あたしゃ一時間は様子を見てたんだけれど・・ダウンズさんは、威勢のいいブンヤというじゃないか、きっとやばいやつらにかかわっちまったんだねぇ・・あの音からして、おそらく1ダースくらいの連中がチェーンソウや大槌を振り回したんじゃないかねぇ、まったくくわばらくわばら・・」
蛍光ピンクのスリッパに部屋着をひっかけた格好で、頭にはリボンのついたカーラーをつけたまま傍若無人に管理人を引き連れて外にまかりでたとみえる・・・
管理人の男はマッキーよりもさほど背が高くもない口ひげを蓄えた黒人の男で、白髪交じりの髪をオールバックにして、モントリアル博覧会時の野球帽の中に押しこみ、グレイに塗りこめられたつなぎに身を包んでいる・・
その男は女の言葉に気のない様子で頷きながら、彼自身もぶつぶつ文句を呟きながら、ディガーの部屋のマスターキーをとりだしたところらしく、マッキーには気づいていない・・・
女のみマッキーに気づき、叫びを上げ始めたのだ・・・
マッキーは微笑みつつ己に言い聞かせた。
ましなこともないわけじゃあるまい、と・・・
管理人の男が叫び声に顔を上げ、その暗黒の顔の中のピンク色の口腔を叫びのかたちに歪めたときに、マッキーの腕はすでに振動をはじめていて、その振動とともに神経の引き裂かれる感触を味わうことができた・・・
そうともこれで少しはまったくの無駄足ではなかったといえるだろう、そう己に言い聞かせながら・・・






                       ウォルター・ジョン・ウィリアムズ

頭上に赤いピラミッドがそびえている・・
奇妙な防音タイルのような材質で覆われた、オムニセンターの威容だ・・
党大会に出ようとして、ピーチツリーセンターで煙草を買おうと思い立ち道に迷ってここに出てしまったのだ・・
テッド・ターナー所有のオムニセンターは錆びやすい鉄鋼で築かれた・・
鉄鋼が内部の錆びによって保たれるという理論によるものだ・・
ジャックは30年に及び様々な建物が築かれてきたのをみてきたが、その理論はほぼ正しかったといって差し支えあるまい・・
そう錆やら埃の一つや二つ中にあったほうが強くあれるというものさ、ただ胡乱な目でみられるだけなのだ・・
党大会に戻ろうと、脚を向けたところ、閉じたドアの外に制服に身を包んだ守衛のような男がたっているではないか・・
頷きかけて、ドアを通り抜けようとしたのだが・・
「待てよ」と鋭い制止の声がかけられてきた・・
「どこへいくつもりだ?」
「党大会に行くんだ」
「あんたがかい」
男の鼻はつぶれていて、胸にはConnaly(やかましい猟犬の意味がある)コーナリーという名札があり、襟は小さなシルバークロスのピンでとめられているじゃないか・・
そうか、バーネットの支持者というわけだ・・
ジャックはIDを外し、通行証をポケットから出して、守衛の眼前でひらひら振ってみせた・・
「一応代議員なんだぜ、これでいいだろ」
「俺は誰も通すつもりはないのさ」
「代議員でもか?」
コーナリーは、少し思案気な表情をしてから言葉をかえしてきた・・
「ならそのIDをみせな・・」
ジャックがIDを手渡した途端、コーナリーが邪悪な薄笑いのような表情を浮かべてのたまわった・・
「とても64歳にはみえないぜ」
「俺は若作りなのさ」
守衛は壁の通話パネルに向かい声を張り上げた。
「こちらコーナリー、シチュエーションスリーだ」
手を振って抗議をしたが無駄だった・・
「何をしたというんだ?」
「あんたは逮捕されるのさ、代議員になりすました罪でな・・」
「本物だよ」
「そいつはかけつけたシークレットサーヴィスの連中に言うんだな」
憂鬱な気分とともに絶望に覆われながらも間抜けな言葉しか浮かべることができはしなかった・・
まだ月曜だというのにこのざまか、と・・