その8

       ヴィクター・ミラン 
       1988年7月20日
         午後6時


廊下の突き当たりにあるドアの前に・・・
背が高く痩せぎすの男が立っている・・・
コーヒーとクリームを混ぜたような褐色の肌の
男が・・・
1531と標識のついたドアの前に立って・・・
ドアを閉め鍵をかけようとしている・・・
der Mannあの方が言っていたではないか・・・
アメリカ人は退廃していると・・・
袂を分かったRAFドイツ赤軍派の連中もよくそういって
いたものだった・・・
この黒い男はえらく高価なスーツを着ていやがる・・・
おそらくマッキー・メッサーが今まで一度も手にしたことのない
金がかけられているのだろう・・・
おまけに白人の女を腕でぶらさげて街をうろついていたのだろう・・
マッキーは自嘲しながら己に言い聞かせた・・・
リーパーバーン通りの女たちと変わりゃしないじゃないか・・・
こいつらは後ろ暗い類の商売女、ただの娼婦にすぎないじゃないか。と・・・
そうくそったれな娼婦だ・・・
男を誘惑するからいけない・・・
これは当然の報いなのだ、と言い聞かせていると・・・
二人はエレベーターに向かっていった・・・
消火器の横にガラス張りのエレベーターが見える・・・
あそこに入られたら手は出せない・・・
誰かに見られたら厄介なことになるだろう・・・
金持ちというものは碌なことをしやしない・・・
これみよがしな仕掛けをしやがるから・・・
外から衆人看視の密室なんてものが出来上がるのだ・・・
目立ってはならない・・・
あの方はそう念を押していたではないか・・・
だからといってへまなどしない・・・
マッキーのどすは見えはしないし、証拠も残しはしない・・
バラードで歌われている通りだ・・・
目立たず後をつけ、チャンスを待つのだ・・・
エレベーターに乗ったからってしれっと一緒に乗り込めばいい・・
そうとも疑われもしないことだろう・・・
気づきさえもしないかもしれないじゃないか・・・
奴らはお互いしか目に入っていないかもしれないのだから・・・
そうしていきりたった黒い棒を思い浮かべて・・・
後を追おうと駆け出したところで突然声をかけられた・・・
「おい、廊下を走るもんじゃないぜ」
その声に振り返ると・・・
耳にイヤリングをつけて白いスーツを着たいかつい男がそこに
いた・・・
Hotel dickおかまの類だろう・・・
ザンクト・パウリの路地で、警官に追い掛け回されたときのことが
思い返されて頭に血がのぼりかけたが自制して男を追うと・・・
ようやく部屋に入った・・・
製氷機から押し出された氷を思わせる味気ない部屋だ・・・
そこで壁を擦り抜けてクローゼットの中に潜んだ・・・
マクヒースがいかに見つからないにしてもここに隠れているにゃ
限度というものがある・・・
そうぼやいていたところで外からスーツの手が差し込まれてきて
マッキーの手に触れた・・・
あんたはへまをしたんだ、どすのマッキーに触れたんだからな・・・
「それもこれまでだ」そう言い放って手を伸ばし頬に触れ・・・
指先を振動させ切り裂くと・・・
血が迸って、叫びを上げ顔に手をあてて倒れこんだのを尻目に・・
マッキーは硬い鋼の防火扉をすり抜けて階下に駆け下り・・・
振り返りもしなかった・・・
女がいた気もしたが・・・
やつらは移り気だからな・・・
いないにこしたことはないが・・・
俺にゃ拘わりないことだ・・・
そう一人ごちながら・・・




            ウォルトン・サイモンズ


ベッドの端で正座をしてしまった・・・
戻ってくると掃除がされていて乱すのが申し訳なく思えたくらいだったのだ・・
このホテルにも随分長く泊まっていたものだ・・・
それでも出かけるのも億劫でともかくTVをつけることにした・・・
TVでは丁度地方局のレポーターがロビィでハートマンにインタビュー
する姿が映し出されている・・・
  「上院議員、あの襲撃はバーネット一派によるものと思いますか?」
そうしてマイクを向けられた上院議員が少し思案してから応えた・・・
「そうは思いません、政策の違いというものはあっても、レオ・バーネットという
男は誠実さが売りなのですから、そんな手は打たないと思いますよ・・・」
そこでまずいものでも飲み込んだような表情で言葉を継いだ・・・
「とはいっても、彼の狭い見識に共感を得た危険な勢力によるものであるということは
疑いないことでしょうし・・・
我々はそういった理不尽な考え自体と闘わなければならないのでしょうね・・・
レオ・バーネット師の政策というものはウィルドカードの被害者を社会から追放しようと
いうものなのですから・・・
その悪意自体を克服する必要があるということではないでしょうか・・・」
そう言い放って椅子に腰掛け、腕組みしてカメラに強い視線を向けている・・
「あんたは正しいよ」スペクターはそう言ってから言葉をついだ・・・
「だからといって手をひいてやるわけにゃいかんがな」
そこでカメラがスタジオに戻った・・・
黒人の女リポーターが司会の男に視線を向けて言葉をかけている・・・
「興味深いインタビューですね、ダン、警察はこの襲撃にについて何か情報を掴んで
いないのですか?」
「残念だけれどまだ何も伝わってきていません、タートルが何人か捕まえて警察が
その背後を洗ってはいるようだけれどね・・・」
そこでリポーターの男が手元の紙をめくるようにしながら話を引き継いだ・・・
「彼らはKKKの一員だ、という声もあるようですね・・・
もちろん噂の域を出ない話であるわけですが・・・
いずれにせよあまりにも整然と行われた印象がありますから・・・
個人の犯行というよりも、指導者的な存在による統制が感じられます。
いずれにせよ、その扮装や銃が本物であったとしても、誰でもその格好は
できますからね・・・」
そこでリポーターの男から女リポーターに視線が移って・・・
「また詳細がつかめ次第お伝えしたいと思います」
女レポーターが言葉をついだ・・・
「たとえ空砲が使われたとしても、その混乱で怪我をした人間も
いるわけですから・・・」
そこで公園での襲撃時のパニックに映像が切り変わった・・・
画面はその混乱を示すように揺れている・・・
「それだけではありません、一人死人も確認されています、大道芸人
巻き込まれたのではないかと考えられています・・・身元などはまだ
確認できていないようですが・・・」、
Fuckin Aなんてこった」そう呻いてTVを消した・・・
あの男が調べられたところで自分につながりはしないにしても・・
ハートマンに気づかれたとしたらどうだろう・・・
警戒されて視線を合わせることができなくなるということもありえる
だろう・・・
いやいや考えすぎというものだろう・・・
真実に辿り着くには並の能力ではたりないというものだろう・・・
タキオンかアストロノマー波のテレパスでもなけりゃな・・
「大統領(候補)はアストロノマー並の能力者ってか?」
思わず笑いがこみ上げてきた・・・
「そんな奴ならレーガンの方がましというものだろう・・」
そうつぶやいてベッドから降りて、カーペットの敷かれた床の
上をゆっくりと歩き回りながら自問し始めた・・・
ハートマンを殺すことなんてできはしないのではばかろうか・・
だったら金だけ盗ってとんずらかましたほうがよくはないだろうか・・
どこか他の国に行くのもいい・・・
キューバに行ってカジノで働くんだ・・・
いやいや、今まで引き受けた仕事はきっちりとこなしてきたじゃないか・・
額に汗してあぶく銭を稼いでなんになる?
殺す以外に道があったらもう少しましな人間になっていただろうが・・・
そうため息をついて電話の前に立った・・・
トニーを利用するより他に道はないのだ・・・
ロビィで再開したのがいけなかった・・・
こういうのをKismet(運のつき)というのだろう・・・
良心の呵責に苛まれながらダイヤルを回して応答を待つと・・・
馴染みのない女の声が受話器の向こうから聞こえてきたから呼び出すことにした・・・
「トニー・カルデロンはいるかな、どうだい?」
「ただいま出かけておりますが、何かお伝えいたしますか?」

そう答えた女の声はどこかくたびれて響いている・・・
「そうだな、、ジェームスから電話があった、と伝えといてくれ・・
それでわかるから今度晩飯でもどうだ、と言っといてくれるかな・・」
驚くほど冷静に言葉が滑り出てきた・・・
「はい、ジェームスさんですね、苗字は何とおっしゃいますか?」
「ジェームスだけでいい、それでわかるから・・」
「お伝えいたします・・」
「ありがとう」
そう言って電話を切ってからため息をついて・・・
ルームサービスでステーキでもとろう、と思い立った・・・
そしてもう一度TVを見ることにするのだ・・・
でかい事件がたくさん起きて・・・
公園のことが忘れ去られることを願いながら・・・