その13

    ウォルトン・サイモンズ
       午後8時


夥しい嫌な汗をかいてはいるが、演台までは
問題なく近づけた。
後はそこでじっとしていればいいのだ。
党大会の会場はTVで見て想像していた
より思いのほか広いようだ。
そこに数千、いや数万といった夥しい
人びとがひしめいているのだ。
そこで明りに照らされたマスコミの
ブースに視線を凝らして、コニー・
チャンかダン・ラザーか、名前は
知らないがCNNのキャスターでも
いないかと探してみたが、結局
ステージの方に意識が向くことに
なった。
ジェシー・ジャクソンが話し始めて、
その南部の牧師特有の力強い言葉が
響いてきたのだ。
ジャクソンは副大統領の椅子と引き換えに
大統領候補から退いたかたちになった
ようだ。
スペクターはステージの上デハートマンを
探したが見当たらず、
ホテルから戻ってきて、ここに姿を現すの
をじっと待ったほうがよさそうだ。
そう思い定め、
救急車でも読んで、そいつに乗ってずらかる
のも悪くない。
そうすればもはや危険をおかすことなく安全な
場所にいけるのではなかろうか。
そうしてジャージーに戻れば平和で穏やかに
暮らせるだろうが、
そんなことを考えながら、ひたすらじっと
身を潜め、ハートマンの現れるときを待って
いたのだ。