その15

     メリンダ・M・スノッドグラス
         午後8時


随分長い間迷ってはいたが、カリフォルニアの
代議団に立ち寄ったところで、ようやく探している
男がどこにいるか見つけ出した。
込み合った広間の、演壇のスピーカーから迸る
大音量は耳をつんざくようだと感じながらも、
そこに船の舳先を突っ込むように、
強く決然と……
かの<great and powerful無敵の勇者>の
ごとく頑固に連なった人混みを掻き分けていって、
かぎ爪のようになった手でレポーターの肩を押して
通り抜けようとしたところで、
「貴様、何のつもりだ?」とぶつけられた言葉に、
「どいてください」と叫び返し男をおしのけ、
さらに進んでいって、視線を凝らしたところで、
「……アメリカの次期大統領になるであろう男……」
そしてついにその名が轟き渡ったのだ。
「……グレッグ・ハートマンです!」
15000にも及ぶ人々の歓声に被さるようにして
星条旗よ永遠なれ>が演奏されたことによって
歓喜はさらに高まって、口笛に風船も飛ばされて
ハートマン支持のプラカードが乱暴に振られている
光景・・・そして音と共に迫る多くの人々の狂乱に……
タキオンが身震いを覚えていると、
さらに演壇の上ではグレッグが微笑んでいる顔が視界に
飛び込んできたではないか。
ジャクソンと握った手を振って、その傍らには車いす
座ったエレンが微笑んでいる。
そしてその周辺にはさらに恐ろしい光景が広がっていた。
オムニに集う人々のおおよそ8割は仮面を被っているのだ、
この人々からジェームズ・スペクターを見つけ出すことは
大海原で星を探すに等しい、ほぼ不可能に近いというもので
はなかろうか。
そうして絶望に打ちひしがれ涙を零していると、
再び人々は叫び始めたのだ。



        スティーブン・リー
           午後8時


「……次期アメリカ大統領、グレッグ・ハートマン!」
そう叫びが交差して狂乱する人々でオムニは沸き、
緑と金で彩られたハートマンと綴られたプラカードが
バンドの演奏に会せるかのように揺らぎ、
天井に張られたネットには歓声に沸く代議団の飛ばした
バルーンに埋め尽くされているではないか。
パペットマンは絶頂に近い感覚を覚えている。
なにせ長い間抑圧されてきた感情が解放されたといえる
だろうから当然というものか……
そうして夥しい歓喜の波を受けながら、
グレッグが道化師の仮面を脱いで、スピーカーの据えられた
演壇の目に立ち、
勝利を示すかのように両手を上げて見せると、
耳をつんざくような叫びが巻き起こって、
ジェシーに横に立つよう伝えるにも大声を上げなければ
ばらなくなったが、
共に立ち、握手しつつその手を掲げ示してみせると、
喝采は倍増し、バンドの演奏をも凌駕する勢いでオムニ全体を
揺らすように轟いているではないか。
なんと華々しく、甘美なことか、
まだ続いている歓呼の声に、
グレッグは手を上げて応じ頷いてみせつつ、視線を上げると
張りだしたCBSのブースにジャック・ブローンがいて、クロンカイトと
話している姿が見て取れた。
そこに視線を向け笑顔を向けつつ、
親指を立てて示してから、演台の後ろで車いすに腰かけているエレンの
ところへ行ってキスをして、
デヴォーンにローガン、それから会場の人々に微笑んで見せた。
マスクに覆われているが、彼らもまた微笑み返してくれたに違いない。
ついにやった
内に潜む力が酔ったように呟いているその声に、
すべてを手に入れたのだ
グレッグも力なく同意を示して微笑んで見せて、
そうだな
そう応えたところでようやく声は止んで、そこでグレッグは演壇に戻り、
辺りを見回してみると、
下にひしめいている人々の多くはマスクをつけているようだ。
それを確認しつつ、
「ありがとう、ここに集ったすべての方々に感謝申し上げる……」
かすれた声でそう語りかけると、
再び轟音が巻き起こり、
手を上げて静止を求めると幾分和らいで落ち着いたところで、
うまく制御できていることを実感しながら、
「わが人生においてもっとも厳しい闘いに私は挑んだわけですが……」
そうして言葉を継いでいくと、
「エレンと私はけして希望を捨てることはありませんでした、
正しい裁きというものが示されるであろうと信じていたからであり、
もはや失望させられることもないであろうと確信していましたからね」
そこで場内全体から、
「ハートマン!ハートマン!」という歓呼が激しい波のように広がっていって、
「ハ−トマン!ハートマン!」と続く歓呼におずおずとといった様子で顔を上げたが、
「ハートマン!ハートマン!」その歓呼に応じて作り上げた笑顔を凍りつかせることに
なった。
下で笑顔を浮かべている人々の中にあの男がいるではないか。
あの黒衣に革ジャケットを着た背の盛り上がった男はマッキーに
違いあるまい。
背筋に冷たいものが這い上がる感覚を覚えながらも、
心配ない
内でパペットマンはそう呟いていて、
大丈夫だ
制御できるとも
グレッグは身震いしつつも己を宥め、
なんとかマイクに向かいはしたが、
その声からはすっかり感情というものが抜け落ちてしまっていたのだ。