その17

ウォルター・ジョン・ウィリアムズ
      午後8時


ハートマンが話していて、人々はその名を
囁き合うのに喧しく、ジャックはかろうじて
そこから距離を置きつつも、
CBSのスカイブースから周囲を見回して、
喧騒に巻き込まれないように努めた。
モニターは狂乱する人々の姿を映し出していて、
それを伺いつつどうしたものかと考えていた。
真相を話すとするなら今を置いてあるまいが、
それもできずにいたのだ。
もうエースのユダにはなりたくない。
また改めて迫害される側には回る必要はないと
いうものだろう。
そんなことを考えながら煙草に手を伸ばしたとき
だった。
モニターの一つに革ジャケットを着た男が映し
出されていたではないか、
瀬も盛り上がっていたから間違いない。
マスクを被ってはいるが、貧弱な身体にしては
横柄でそれでいてぴょこぴょこ歩いているときた
ものだ。
「おい!」アドレナリンが高まるままそう叫び、
飛び上がるようにしてあの男が横切ったカメラに
向って、
「あいつは殺し屋だ!」そう叫びそのモニターを
指で叩いて見せて、
「このカメラはどこを映していたんだ!」と声を
荒げると、
ディレクターがすごい剣幕で、
「おいあんた何を……」と言いかけたが、
「警備員を呼ぶんだ!チェーンソーの殺し屋が
党大会に紛れ込んでいると伝えるんだ」
と言って取り合わず
「何だって」と言い直したところに、
「あのカメラはどこを映していたかと聞いているんだ、
まだわからないのか?」と被せると、
「ああ、8番カメラだな、演台の右側を映していた
ようだがね」返された言葉に、
「なんてことだ!」
そう悪態をつかずにはいられなかった。
あの男は代議員達の中に紛れ込んでいるのだ。
「8番カメラだ!」ディレクターが叫んでいる。
「左かわ右に戻すんだ、いいな」
その言葉を聞きながらジャックはクロンカイトの前の
デスクの上に飛び乗って、そこに立った。
スカイブースの外は安全ガラスで覆われていて、
マスコミの連中まで下に群がってきていて、
クロンカイトは椅子の後ろで、船乗りが口にするような
悪態を吠えたてているが、
ジャックは安全ガラスに飛つくようにして、
穴を開けてそこを出て立ちあがると、
上にはオムニの天井が広がっていて、
そこからさらにジャンプして、両手でI字型の天井の梁を
掴んで、次から次へと梁を掴みかえ、滑るように身体を
移動させて演壇を目指した。
永遠にも思える時間をそうして費やしながら……
造作もなくそれができたのはNBCでターザンを撮っていた
ときの経験があるからに違いない。
などと考えたところで突然ハートマンの演説が途切れた
ではないか。
そうしてジャックは考えていたのだ。
何が起こったというのだろう、もはや取返しなどつかないの
ではあるまいか、と。


        ヴィクター・ミラン


喝采の叫びの激しい波にもまれているグレッグ・ハートマンを
見つめて……
セイラはゆっくりと唇を舐めながら……
なんと自信に満ちているのだろう、神にでもなったつもりなの
だろうが……それもこれまでだ……
男と女の間には何が起こっても不思議はないというではないか。
そう自分で茶化しながら、かじかんだ指で財布を開けて、手袋を
つけた手を突っ込んで、
ゴムと金属の冷たい感触と指にこもる熱を感じながら、
「アンディ」そう囁いて拳銃を抜き、財布の紐を腕にひっかけて
垂らしたまま、両手でそれを構えていたのだ……