その18

          午後8時

       ヴィクター・ミラン


マッキーは折り重なったように群がっている代議員の間
を駆け抜けていた。
肘から先を振動させて牛追い棒で尻を叩くようにして
散らしたり、必要な場合は位相も変えて摺りぬけながら……
衆人環視の下、この右腕であのSara fucking Morgenstern
くそ**、セイラ・モーゲンスターンの心臓を真一文字に
薙ぎ払ってみせれば、Der mannあの方も喜んでくれるに
違いないた。。
そう考えていたところで脇で空を切り、宙を歩くようなかたちに
なった。
革ジャケットの襟首を掴まれて持ち上げられていてのだ。
「何をそんなにくそ慌ててやがるんだ、ジョーカー風情が……」
もがきつつ、酒と煙草臭い息と共にぶつけられた言葉の方に
顔を向けると、
貌に張り付くような黒髪の白いつなぎを着た長身な男がそこに
いるが……
その顔の造作というのが奇妙に思える。
まるで髪と一緒に慌てて上に引っ張り上げて固めたとでもいう
ような塩梅なのだ。
貌の大部分を占めた鼻に、申し訳程度の頬骨が不釣り合いで、
その上の緑の瞳が険悪な光を放っているときたものだ・・・
「なめた口は利かない方がいいぜ、このくそ野郎が!」
怒りのままそう叫び、金切り声を上げていて……
「それにジョーカーなんかじゃねぇ、俺はマック・ザ・ナイフ
どすのマック)だ」
それに対し男は怒りを吐き出すように……
「ジャック・ザ・シット(くそまみれ)の間違いじゃないか、小僧、
どこかで説教でもして片手でひねってやろうか……」
その言葉が終わるか終わらないうちにマッキィの右手が唸って、
歯医者のドリルが歯にあてられたように出っ張った右の頬に指先で
触れてみせると、
頬から唇、そして骨まで切り裂いていて.......
切り裂かれた上顎から血にまみれた歯を覗かせていたが、
その表情がわずかばかり苦笑のようなかたちに歪んだかと思ったが、
男はマッキィを放してひどいことになった顔を両手で覆っているのを
他所に……
マッキィは演壇に視線を向けると、
髪をオレンジに染めた女が口から胃までのぞけるのじゃないかと思える
ような大口を開けて立ちはだかっていたが、
探検家が鉈で草でも薙ぎ払うかのように叩き切りつつ己にいいかせていたのだ。
Der mannあの方もわかってくださるとも、もはや無駄にできる
時間など微塵もないのだから、と。



        ヴィクター・ミラン


すぐに悲鳴があがることもないだろう.......
復讐を成し遂げるためにすべてをなげうってきたのだ。
うまくいくに違いないのだ。
実際グレッグの演説が始まっていて視線は全て演壇の上に注がれて
いて、VIP席の連中も誰も気づいていない。
照準の3つの点を白い大きな満月が上るように期待して見つめ
ていたが、
そこで予想外のものが視線に飛び込んできた。
ミシシッピィ代議団の中にそいつはいたのだ。
演壇の右側に、
上り切った月のような勝ち誇ったハートマンを前にして、すべての
努力が水泡に帰したように感じ、視線を泳がせるように向けたまま、
風船から急激に空気が抜けるように力が抜けていくのを感じていた。
あいつが来る
革ジャケットの男が……
人々を薙ぎ払うようにして、
まっすぐセイラに向ってきていたのだ。