その19

    メリンダ・M・スノッドグラス
         午後8時


ハートマンは人々を魅了し、話しているようだが、
タキオンにはその口の動きは見えていても、その
言葉は届いてこない.......
これまで何も考えず見聞きしていたいつも通りと
いった顔の上に覆い被さるようにして、
邪な欲望で膨れ上がった別の貌、パペットマン
タキオンに舐めるような視線を向けているのだ。
気分が悪くなって、虚ろに視線を落とし俯きつつ、
ただぐるぐると葉の揺れ落ちるような思考に囚われて
いた。


あの男を止めなければ.......
でもどうやって?
何か手をうたなければ.......
どんな手があるというのか?
考えなければ.......
あの男を止めなければ……
どうすれば?
どうすればいい?
どうすれば?


その思考を切り裂くような叫びが代議員達から
聞こえてきた。
人びとの喝采する声の間に、
薄い血が健康な皮膚に滲むように、
それは広がっていって、夥しい出血となったところで、
タキオンの周りのリポーター達は何か起こった様子で、
彼らはどっと押し寄せるように動き始め、
タキオンもその奔流に流されていた。
人間性をかなぐり捨てたように思える代議員達が恐怖の叫びを
上げつつ、出口に殺到しているようで、
押しのけようとする腕に押し包まれるようにして世界が
奥行きを失ったと感じていた。
混乱し恐怖する15000もの人々の猛威に精神のシールド
すら意味を失っていて・・・
腹にタスキをかけた筋骨隆々とした男が、壊れたカスタネット
ようにがなりたてながら、
小柄な異星の男にぶつかってきて、
タキオンも叫んでいた。
切断された腕を巻いていた包帯がその男のベルトのバックルに
ひっかかったまま、ひっぱられていて金切り声をあげてしまって
いたのだった。
そうしてバランスを崩したまま倒れ、包帯はほどけてしまって
いて、
タキオンの背中を何人もの足が踏んでいって、
息がつまり、肋骨が折れたのを感じていた。
赤く焼けた火掻き棒が腹に押し当てられたような痛みが、息を
するたびに鋭く感じられてきたが、
それでも次々と腕を踏まれる痛みが紛れることもなく、
オムニの床に踏みつけられながら、
私は死ぬのですね.......
そう考え恐怖の叫びを舌先まで上らせつつも、
こんな死に方は屈辱でしかない。暴徒に踏まれて息絶えるなんて死に方など真っ平ごめんというものです。
息の詰まるような痛みを縫って、集中しようと考えていると、
狂気にまみれた精神の中に輝くようなブローンのなじみの深い精神が
感じられて、それに掴まるように精神を伸ばし、安全な場所に伝書バト
が巣をつくるように根を下ろし、
その精神の混乱とためらいを読み取りながら……
ジャックですね、手を貸していただきたい
タクか?
お願いです!助けていただきたいのです!
そう意思を伝えたところで、もはや意識をつないでおくことが
できなくなっていて、
タキオンはためいきをつかざるをえない状態で意識を失いつつも、
ジャックが来てくれている。
そう考えすがっていたのだ。



       ヴィクター・ミラン


貨物列車を思わせる重さが後ろからマッキィに
のしかかってきて、
思わず右手を振り上げて、
槍の舳先のようにまっすぐ伸ばした腕の端で
受け止めていた。
そうしてピンクのシャツにベイジュのタイをした
男を切り裂いていたが……
押し流されるように人いきれに押し倒されて、
男の血にまみれた手を抜き取ったが間に合わず、
床をうって、頭を激しく跳ねさせていると、
今度は腹に何かあたったように感じて、、
怒りと痛みに金切り声を上げていると、
襲いかかってきたはずの人間が呻きを漏らして
離れて行ったところで、
ようやく飛び上がって立ち上がり、
「こん畜生!このくそ野郎が!貴様のあれを
切り取って食わせてやろうか!」
そう叫んだのはドイツ語でであったが、気に
もしなかった。
右腕にものを言わせればそれでなんとかなると
いうものだろうから……
そこで涙にまみれた目で、拳が顔にせまって
くるのを見て取って、
慌てて位相を変え始めたが、
拳を顎にくらって、首をのけぞらせたところで、
ようやくそれから逃れることができていたのだ。