その19

      メリンダ・M・スノッドグラス
           午後7時


ジョージ・カービィ(Topper「天国漫歩」というコメディに登場する
二人の幽霊の一人)の名義で航空便のチケットがとってあったってな」
アクロイドの金切り声に近い言葉を聞きながらタキオンはドアから、
電子制御の鍵を抜きポケットに突っ込むと、
「死者の名義のチケットか」
ハイラムがそう言って唸って返し、
Ghost亡霊、いやSpectre(スペクター:死霊)だろ」とアクロイドが言うと、
「たしかにジェームズ・スペクターだからな!」とハイラムが続けて、
「どっちにせよ蘇った死者であることに変わりはないか」
ジェイはそう応え、
「あの人はディマイズなんて厄介なやつを雇っていたということだな」と返している。
いつの間にか二人の背後に立っていたのだが、
音も立てていなかったので不思議に思わなかったようだった。
「知らせといた方がいいだろう」
ハイラムはそう言って受話器を取って、交換手に、
私服警備員を呼び出すよう告げていた。
そこでハイラムはアクロイドに蛇を思わせる恐ろし気な視線を向けたまま
言葉を発していた。
「そ、それが真実であっていいものだろうか?」と。
そして絶望を滲ませたまま言葉を継いでいた。
「何か隠された間違いがありはしないだろうか?グレッグはけしてそんな……」
夢を失い、信頼の砕け散った哀れさのこめられたその言葉に、
「ハイラム」と呼びかけて、
可能な限り柔らかく響くよう心がけて言葉をかけていた。
「なんと哀れなことでしょうね、ハイラム、それでも私はあの人の精神に
触れて、パペットマンに出会ったしまったのですよ」
そう話したところで、あのときの恐怖が蘇り、身震いしながら言葉を継いだ。
「想像を絶した……恐ろしい存在だったのです」
そう話したところで、脚から力が抜けて、カーペットに座り込み、
両手で頭を抱え込み涙を溢れさせていると、
ハイラムの言葉が聞こえてきた。
「神よ、赦したまえ」と。
彼は何から許される必要があるだろうか?それが必要なのはむしろ私の方でしょう。20年に及びあの男を見てきたのですから。気づいているべきだったというのに。涙が腹部に滴るのを感じながら、
激情の渦に翻弄されていることを自覚し、
己をコントロールして、涙を脇に追いやると、
「どうしたらいいだろうか」とハイラムが訊ねていて、
「警鐘を鳴らすべきじゃないか」とジェイは言っている。
そこでタキオンはいきなり立ち上がって、
「いけません!」と言い放ち、
「それを本気で口にしているのですか、アクロイド。
この場合の真実は明るみに出すべきではない類のものです」
と言葉を継ぐと、
「ハートマンはモンスターなのだろ」と言葉を返してきたジェイに、
「それを私ほど心得ているものはいませんよ」
そう応えてから言葉を継いでいた。
「精神の坩堝に飛び込んで、内に潜む邪悪な存在を感じたのですから。
パペットマンと名乗っていましたが、あれがどんなものかは想像もでき
ないでしょうね」
「俺はテレパスじゃないからな」ジェイはそう応じてから、
「だからどうだというんだ、俺はまだ隠蔽に手をかすつもりなどないからな」
と言葉を継いできた。
「あなたはまだ理解していないのですね」
そう応え噛んで含めるようにタキオンは言葉を継いでいた。
「ここ二年もの間、レオ・バーネットはエースに対する人々の恐れと不信につけこんで、
ワイルドカード能力者のもたらすであろう暴力に対する警告を続けてきたのですからね、
あなたはそれが正しかったと裏付けようとしているのですよ。
それで彼らがどうでるかは火を見るより明らかというものではありませんか?」
ジェイは肩を竦めて
「いいだろう、それじゃもし仮にバーネットが当選したところで、ホワイトハウスに4年間も
危険な右に偏ったいかれた野郎が送り込まれるだけのことだろ、レーガンもひどいものだったが、
8年我慢しただけですんだからな」と茶化したが、タキオンは取り合わず、
「あなたは私がハートマンの精神の中で見たものの半分も理解してはいないからでしょうね。
人が殺され凌辱されるといった非道なおこないが行われるたびに、常にその中心にパペット
マンがいて糸を引いていたのですから。
もしその事実がすべて明らかにされたならば、社会的不信が高まって50年代の迫害がおとなしく
思えるような恐怖が人々の上に覆い被さることは請け合えるでしょうね」
そう応え、異星の男は激しい手振りと共に、
「産まれていない自分の子供を手にかけて、その今際の痛みと恐怖を味わってすらいたのですから。
ジョーカーに政治家、宗教指導者までの、愚かにも彼に触れたものはパペットにされていたのです。
もしその名が公表されたとしたら……」
と吐き捨てるように言い放ったところで、
タキオン」とハイラム・ワーチェスターが強く痛みの感じる瞳を向けて低い声を差し挟んできたのだ。
タキオンは強い自責を感じさせる視線をハイラムに向けていると、
「教えてくれないか?」ハイラムはそこまで舌がもつれるように言葉を絞り出し、
「パペット達の中に……私は……」そこまで言って言葉につまったハイラムに
タキオンは頷いていた、できるだけさりげなく見えるように心をくばって、
するとハイラムの頬に一筋の涙が伝わったところで、彼の視線をそらして向けた背中から、
継がれた言葉を聞くことになった。
「実に無様極まりないはめに陥ったわけだが、おかしくてたまらないな」と。
そして実際はにこりともせずに言葉を継いでいた。
「ジェイ、タキオンの言う通りだろう、我々だけの胸に納めておくべきじゃないかな」
そのハイラムの言葉に、アクロイドはタキオンとハイラムの顔を交互に見かわしてから、探偵の瞳に
苦いものを滲ませて、
「好きにするがいいさ」と言葉を絞り出してから、
「だったらこれから俺をあてにしないことだ」
と吐き捨てるように宣言したアクロイドの言葉に、
タキオンは突然支えを失って放り出されたように感じながらも、
「誓っていただきたいのです」と告げてから言葉を継いでいた。
「どんな手を使おうともハートマンをくいとめますが、
その秘密は墓まで持っていくということを厳かに誓わなければなりません」
そこでタキオンが視線を向けると、アクロイドはハイラムに視線を向けてから、再び
タキオンに視線を返してきて、
「おいおい勘弁してくれよ」
そういって目を白黒させているジェイを前にして、
「ハイラム、そこのグラスをとっていただけますか」
と告げたタキオンの言葉に、
ハイラムが半分飲みかけた飲み物を差し出すと、
タキオンはそれを引っ繰り返して中身をカーペットにぶちまけてから……
屈んでブーツの鞘に収まった長いナイフを抜き出して、
呆気にとられたように固まっている人間達に対して見せながら、
血と骨にかけて、誓わなければなりません」タキオンはそう言ってから、
汗に濡れた手で柄を掴んで左の手首を切り裂いて、
わずかに一呼吸置いてから地球での生活が思いのほか己をやわにしているのでは
ないかと恐れながら、
その傷をグラスの上にかざし、
一滴血をグラスに落としたのを確認してから傷にハンカチを当てて、
ナイフをアクロイドに手渡していた。
探偵は黙って視線を向けていたが、
「おいおい冗談だろ?」とようやく言葉をかけてきたところに、
「本気ですよ」と告げていた。
「他のものじゃいかんのか?」
そう言って肩を竦めているジェイに、
「血は絆を固めるものです」と応えると、
ハイラムが進み出てきて、
「私がやりましょう」
そう言ってナイフをとって、白いリネンのコートを脱ぎ、
袖をまくり上げて、手首にきつく当てているが、痛みで顔をしかめているものの、
血は零れ落ちてこない。
「もっと深く」
タキオンはできるだけ小声でそう言い添えた。
あまり深く切りすぎては危険だろうから、
無論ハイラムとて自殺しようというのでない以上、それは弁えているとみえて、
苦悶の表情を浮かべ、グラスの上に腕をかざすと、一筋の赤い線がささやかながら
滲んで落ちていった。
そこでタキオンが屈むようにして神妙な目でアクロイドに視線を向けていると、
ジェイは深くため息をついて、
「まるでハックとトムだな、それじゃ俺は黒いジムというわけだ」
 そこで一呼吸おいてから、
「すべて終わった後には笑い話になるといいんだがな」
そう溢してからナイフを受け取って、鋭い一閃で皮膚を切り裂いていた。
ジェイの血潮が加わったのち、
タキオンは血を混ぜ合わせ頭上に掲げつつタキスの聖句を唱え始めた。
血と骨にかけて、我はここに誓う」そう唱え終わると、
グラスを降ろし、三分の一を一気に飲み干してから、
ハイラムにグラスを押しやると、
人間たちは吐き気を堪えているように見えたが、
血と骨にかけて」
ハイラムもそう唱和して、ぐっと厳かに飲み下したところで、
「タバスコかウォッカを入れていいか?」
残されたアクロイドがそう茶化してきたが、
「だめです」タキオンがきっぱりそう言い切ると、
「憐れなものだな」ジェイはそう一言漏らし、
「ブラッディ・マリィ(ウォッカベースにトマトジュースを加えたカクテル)
だったらいけるくちなんだがね」
そうぶつぶつ言いながらも、ようやくグラスを持ち上げ、
血と骨にかけて」と小倉で唱えてから残りの血潮を飲み干して、
「わりといけるか」そう一人ごちているところに、
「私はオムニに戻らせてもらうよ」とハイラムがそう告げてから、
「私はグレッグの古くからの後援者ですから、ニューヨークの代議員たちにも
いささかなりと影響力はあるのではないでしょうか。
グレッグの候補擁立を阻むよう力を尽くそうかと」と言葉を継いだところで、
「それがいいでしょう」
タキオンがそう応じ、
「デュカキスでしたら些か存じ上げておりますが」
そうハイラムが言いかけたところに、
「デユカキスではだめです」
異星の男はそう言葉を被せていた。
ジェシー・ジャクソンです、彼ならばすべての理念において合致するでしょうから、
彼と話してみようかと」
タキオンはそうしてハイラムの手を取って言葉を継いでいた。
「できることをやるまでです、我が友よ」と。
「それはそれでいいとして」とジェイが言葉をさしはさんできた。
「グッレギィが大統領になるのを阻止したところで、
だったらどうだというんだ、奴の毒牙にかかった人間はどうなる?
カーヒナにクリサリス、それだけじゃない多くの人々がいるはずだ」
それにタキオンは胡乱な視線を向けつつ、
「クリサリスは含まれませんよ」と返してから、
「こんな大事なことを話していなかったとは迂闊でしたね」
と言葉を継いだタキオンに、
「何だと?」ジェイが擦れた声でそう訪ね返すと、
「たしかにクリサリスは脅されていましたがそれだけです」
異星の男はそこで一拍おいて言葉を継いできた。
「確かにあの方とディガーに、子飼いの男がカーヒナを手にかけるところを
見せはしましたが、それ以上は何の手も下してはいません。実際月曜に
あの方が死んだことを聞いたときは驚いていましたからね」
「そんな莫迦な」ジェイはそう悪態をついて、
「何かの間違いだろう?」返した言葉に、
タキオンは露骨に怒りを表情に滲ませて仁王立ちしながら、
「私はタキスのイルカザム家で正式に訓練を受けたPsi‐Lordサイ・ロードなのですよ」そう応え、
「その私が彼の精神をとらえたのですから間違いありません」
と言葉を継いできた。
「やつはディガーにマッキーを差し向けてきたじゃないか?」
ジェイがそう言い募ると、
「その一方でオーディティに命じ、証拠となるジャケットを始末させようとして、
そこであの方の死を知ったようでした、もしそれを命じたならば何らかの隠蔽は
行ったでしょうけれどそれは感じとれませんでしたからね」
タキオンはジェイの肩に手をおいて宥めるようにさすりながら、
「友よ、申し訳ないですがそれが事実です」と言葉をかけたが、
「それじゃ誰が殺したというんだ?」
さらにそういい募るジェイに、
「言い争っている場合ではないのではありませんか」
ハイラムがいかにも辛そうに言葉を重ねてから、
「あの女は死んだ、それがいまさら」
そう言葉を継ごうとしたところで、
「黙ってくれないか」突然ジェイがそう言って遮った。
TVの画面にニュースが映し出されていてそれが気になるようだった。
「党大会会期中ながらまたもや悲報を告げねばなりません」
厳粛な面持ちでアナウンサーの言葉は続いていく、
「ハートマン上院議員は無事でしたが、繰り返します、上院銀は無事でした、
信頼できる情報筋によれば少なくとも二人の人間がエースの襲撃で命を落とした
ことは間違いないとのことです、今最終的な確認を急いでおりますが、
一人はハートマン上院議員の私服警備員アレックス・ジェームズ氏と目されており……」
そこでアナウンサーの後ろに死者の生前の写真が映し出されたところで、
「そしてもう一人はハートマン会派の議長も務めているカリフォルニア選出の代議員、
エースのジャック・ブローン氏であろうとのことでした。
氏はターザンのTVシリーズで主演を務めゴールデンボーイの愛称で広く知られており、
史上最強とも噂される一方……」
そこでジャックの写真が大きく映し出された。
古い写真のようで、笑顔がぎこちないながら黄金の光に包まれている。
若く精気にあふれ、怖いものなどないといった風情が感じられる写真だった。
「ああジャック」タキオンは呻くようにそう呟いていた。
30年に渡り彼の死を願ったこともあったというのに、今はティジアンネ(タキオン
本名)の一部が死んだようにすら思えている。
「あいつが死ぬなんて」ハイラムすら怒りに震えつつも、
「昨日は助けることができたというのに……」
TVは天井からつりさげられたようなかたちで据えられていたが、
「死ぬはずがない」そういって振り回したハイラムの手で下に落とされ・・・
床に落ち、ブラウン管が壊れ潰れて沈黙することになったなか・・・
「彼の死を無駄にしてはなりませんね」己の言葉がかなり空々しく響くのを感じながらも
タキオンはそう言葉を絞り出していた。
まだ生きているのだから、できることはあるはずだ。
と強く己に言いきかせ、
そしてタクはハイラムの手をとって「行こう」と声をかけていたのだった。