その6

    ウォルター・ジョン・ウィリアムズ
         午後4時


タキオンの病室に入っていくと、その赤毛の異星人は
失った手のあったあたりを掴み呻いていて、
Jesusおいおい」
ジャックがそう悪態をついて駆け寄って、
「何をしでかしたんだ?」とからかい交じりに声をかけると、
「右手で掴もうとしてしまいましてね」と気落ちした言葉が
返されてきて、
「看護婦でも読んで、ギブスでも吊ってもらったらどうだ、
そうしたら忘れないだろうからな……」
「それはそうかもしれんがね、ああまったくこの手ときたら……」
タキオンはそう言ってまだ手を振り回している。
ジャックは煙草に手を伸ばして火を点けながら、
「それじゃ看護婦でも呼ぼうか、それで注射でもしてもらったらどうだ?」
「その必要はありません」
そう言ってむすっとしているタキオンをよそに…
ジャックは紫煙を燻らせつつ、
「マッチョな低能だと言われているようだが、それでもタキスの王子の
相手くらいはできるんだぜ」
そう言ってから部屋中を見回して、
「ところでブレイズは来てないのか?探しちゃいるんだが見当たらなくてね、
何も起こっていなければそれで構わないのだが……」
「そういえば私も見ていませんね.....」
そう言って心配でかなわないという顔をしだしたタキオンに、
「確かジェイ・アクロイドといったかな、あの探偵と一緒にいたという
話は聞いちゃいたな、それもあの小男を飛ばしちまった前だがね……」
「まぁそれで私も助かったとも言えるわけですが.....」
タキオンはそう言ってとりなしつつ、
まるで痛むかのように残った左手で腹部を抑えつつ、
「あの子から目を離すとどんなやっかいごとを引き起こすかしれたもの
じゃないですからね」そう言ったタキオンに、
「ああ、俺もそう思うな」と応えると、
威厳を湛えた口調を取り戻して、
「私の孫を探さねばなりませんね、ジャック」そう断言したタキオンに、
「俺が捜すさ」と返したが、
タキオンはベッドで身を起し、その上で腰かけつつ、
残った腕でクローゼットを指さして、
「私の服を出していただけますか?]と言い放ったではないか。
ジャックは驚きつつも視線を返して、
「タク、心配はいらん、俺に任しちゃくれまいか」と言葉をかけたが、
「党大会に行かなければならないのです」そういったタキオンに、
神経質な笑いを返しつつ、
「もう終ったよ、もはや行く必要はないのじゃないかな」と応えると、
タキオンはその菫色の瞳を丸くして戦慄を露わにしながら、
「それはどういう意味ですか?」と訊ね返してきたタキオンにため息をついて
応じつつ、
「聞いてないのか?」と返すと、
「何が起こったというのですか?」
ジャックは煙草の煙を吐き出しつつ、ためらいながらも、
「グレッグはジェシーと手を組んだのさ、だからジャクソンは今候補争いから
身を引いて今はグレッグのサポートについてくれている、これで票が割れる
ことはなくなったから、グレッグが民主党候補に選ばれて、ジャクソンは
副大統領になるのかもな.....」そう告げると、
「そんな」タキオンは瞳に恐怖を滲ませて、
「なんてことだ」うわごとのようにそんな言葉を繰り返しているではないか・・・
己の内に高まる不安を打ち消すように.....
「これでグレッグの得票に一喜一憂する必要はなくなったというものだ、そうじゃ
ないのか?
これで万時うまくいく、グレッグがトップに躍り出ることになるだろうな……
もはや心配はいらなくなったというものだろ?」
「ああ、なんてことになってしまったんだ.......」
タキオンはそう呟きながら、右手を高く振り上げたかと思うと、それをベッドのへりに
叩きつけ始めたではないか、何度も何度も、
ジャックは戦慄と共にその狂態を見つめていたが、煙草を握りつぶして手の平を返して落とし、
タキオンの手首を掴んでベッドに押さえつけるようにして落ち着かせようとしつつ、
「一体何があったというんだ?」と言葉をかけると、
タキオンは視線のみを向けてきて、
ジャックはその瞬間足元が不意に崩れ落ちて、強い力で光も、頼るものも、希望すらない暗黒の
奈落に落ちていくような感覚と共に悟っていて、
「グレッグだな、そうなんだな?」そう言葉にして、
「グレッグが秘密のエースなんだな」と口にだしていたが、
タキオンは目を反らしたのみで、
「なんてことだ、そういうことなんだな?」と言葉をぶつけてみたものの、
「話せないのです」
そう返された言葉に、ジャックは支えを失ったように膝をついていて、そのまま後ろに倒れそうに
なりつつも、手探りで椅子を見つけ出して、なんとかそこに身体を押し込んで、
煙草は落としたままで、拾い上げる気力もなくしたままで、
なんとか脆くかりそめの冷静さを取り戻して、
「話してくれないか、タキィ」そう言葉を絞り出し、
「俺には知る必要がある、またやらかしてしまったかどうかを知っておく必要があるんだ.....」
そう言葉を継ぎはしたものの、
タキオンは目すら閉じてしまっていて、
「もはやどうなることでもないのです……」
と言い捨てたではないか。
「たった一つ、一つだけ、俺は正しいことができたと……」
そう言いかけたところで、彼の掌に握りつぶしたはずの煙草が張り付いているのに驚きつつも・・・
どこかに放り投げようとぼんやり考えていたが、肩を竦め、そまま床に落として・・・
「タク」再び声を絞り出して、
「俺は知っておかなければならない、グレッグを推薦したことは、やっちゃいけないことだったと
いうのか?だとしたらその行いがいいことだったか悪いことだったかかぐらいは知っておかなければ
ならないと思うんだ......」そう言葉を継いだものの、
タキオンの目は閉じられたままで、怒りをこめてタキオンを見つめつつ、
「それじゃどれでもいいから答えてくれ?」
応えずにいるタキオンに、
「グレッグはエースであることを隠していたのか?」
応えはなかった。
「セイラ・モーゲンスターンはグレッグこそが殺人者だと言っていたが、それは真実なのか?」
何一つ反応もなく、
「セイラを殺そうとしたちびはグレッグのために動いていたんだな?」
叫ぶようにその言葉を投げつけていたが、タキオンはただそこにいて、目を瞑っていたが、
ようやく口を開いて、
「お引き取りください、もう終ったことです、できることなど何もありはしませんから」
怒りに任せて椅子から立ち上がり、ベッドによりかかるようにして異星人の顔を睨みつけて・・・
「なんて傲慢な男なんだ」そう言い放ち、
「あんたは王子で、終わったといえばすべて終わりになる身分だとしてもだ。
ハートマンを支持するのはやめろといって理由を話さなくても、お偉いタキスの王子さまは
何がもっともよいと心得ているからそれですむと思っているかもしれんがね、俺達下々の
地球人相手ならばそれなりの理由というものが必要なんだ。
グレッグの選挙活動に水を差すということはバーネット当選に手を貸すようなものなの
だからな......
あんたはただカリフォルニアをジャクソンにくれてやれ、とただ命令すればいいと思って
いたんじゃないか?自分は貴族だから何を言っても言ったとおりにしてもらえると思って
いたんだろうな」ジャックはそうして閉じられたタキオンの瞳の前で拳を振りつつ、
「どうしたら再び地球人類を信用できるようになるというんだ、あんたは!」
と言葉を継いだが応えはなかった。
「つまりあんたはそういうやつなんだな!」
そう悪態をぶつけてみてもタキオンは何も答えず、
ジヤックは踵を返すと、機関車のごとき勢いで、怒りにまかせたまま大股に病院をでると、
路上の湿気と熱が身体に染み込むようで、オムニを目指しながらも、実際はどこにも
いきたくないといった気分に蝕まれていた。
実際ハートマンにどう向かうかも決めかねていたし、ブレイズもどこか路上にいるの
ではあるまいかと思えたからだった。
あのいけすかない異星の男がかつては地球の人々を信じていたことがあったとしても、
かつてジャック自身が行ったことのしこりがタキオンに、何が起ころうとも信用することが
できないと思わせたに違いあるまい、だとするならばこれは当然の報いなのであるまいか。
そうして考えれば考えるほど足取りは重くなって、
気が滅入ってならなかったのだから......