その5

       メリンダ・M・スノッドグラス
           午後3時


「切断面からさらに数インチ切除せなばなるまい……」
ロバート・ベンソン医師の物言いは乱暴にすぎて、
もう少し気遣いというものがあってもいいのではないか。などとぼやき。
私も医者なのだから自分で処置した方がよいのではなかろうか。などとぼんやりと考え、包帯の巻かれた右手を見やっていると、
心臓の鼓動に呼応するように右腕がうずくのが感じられる一方、
左腕の静脈には針が刺されていて点滴が行われているようだ。
right hand右腕がない以上こうする他ないというものでしょうからね
right handed
正しい処置というのも言い得て妙ですが・・・
などと一人ごち苦笑していると、
「吐き気はありませんかな?」
ベンソン医師が洗面器を抱えそう声をかけてきて、
「麻酔の副作用としてそうなるのはよくあることですから……」
そう言葉をついだところに、
「それはわかっていますが……どれほど時間は経過したの
でしょうか?今はいつになりますか?」と訊ねかけると、
「日曜の三時です」と教えてくれて、
「もう……そんなになりますか」とため息をついていると、
「精神的な動揺もあるでしょうが、血がかなり失われとるから、
消耗も甚だしいといったところですかな……」
そう言って肩を竦めているベンソンに、
「まだ痛むのですよ」と応えると、
「看護婦を呼んで薬を投与しましょう」と応えたところに、
コデイン(鎮痛剤)にはアレルギー反応がでるので、
モルヒネを使っていただきたい、それから……」と返すと、
「最悪の患者と言っていいでしょうな、常に処置以上を
要求するときたものだ」
ベンソン医師はカルテを眺めながらそう気分を悪くした風もなく
そうぼやいて微笑んでから、
「ともかくお眠りなさい」といったところに、
「私の手は……」と訊ね返すと、
「その程度ですんで幸運だったと思うべきですな」
そう言ってたちさりかけたベンソンに、
「ドクター」と呼びかけ、振り返ったところに、
「話していないことがあるのではありませんか?]と訊ね返すと、
ベンソンは顎を掻きながら、
「ウィルスの影響についてですな」と応えてくれた。
「そうです」と応えると、
「私からは何とも申しあげられませんな」と返されてきて、
タキオンはそこで目を閉じ、自分の体調について考えてみることにした、
喉には気管チューブが差し込まれていて痛み、
麻酔で全身の痛みは和らげられてはいるものの、
それにも増して千切られた腕がずきずき痛んでいて、
ないはずの指が痒く感じられてならない。
もし故郷にいたならば、数週間で再生させることができただろうが、、
ワイルドカードウィルスが遺伝子に与えた影響は未知数であって、
普通に生えてくることもあるかもしれないが、
さもなくばもっと恐ろしいことになることもありうるのだ。
なんと皮肉なことだろうか……
身内を手にかけてまで投下を阻止しようとして、その償いに身を粉に
して40年近く勤めてきたというのに、今更何を願うというのだろうか。
「発現したならば、これくらいどうとでもなるというのに……」
そう叫んではみたものの、迸った涙の熱さが髪を伝って額ともみあげをも
濡らすのは感じられはしたが、
ウィルスは沈黙したまま何も答えはしなかったのだ。
無情なまでに……